〜今は亡き悪い魔王〜

第二十二話『たまごサンドはやっぱり美味しい』

 今日も行きつけのカフェ『pudding』に、朝ご飯を食べに来た。


「ずいぶんとまた、眠たそうだね」

「4時に寝ましたからね、えっと、今が7時だから……、3時間しか寝てないんですよね」

「それなのに起きてくれたのか、そういうところが好きだよ、まったく」


 いつも通りのマリアナとの会話、モルはフォークを握ったまま夢の中らしい。


「どーぞですです」

「ありがとうございます」


 ウル君が運んでくれたのはたまごサンド、ここのサンドイッチは絶品だ。


「こっち、なひゆさんのですです」

「ありがと〜」


 今日はもう一人、来客が居る。この店に普通の客が来ることはほとんどなく、今回も仕事絡みのお客さんだ。

 この店の経営はどうなっているのか、気になる。


「で、なひゆさん、今回の仕事はなんですか」

「ん〜、私は仕事の話はまだ知らないから、マリ〜に聞こうと思ってるよ、私が志東くんに言わなきゃいけないのは〜」


 この人の言うマリーとは、マリアナのことだ。

 女性にしては低く、落ち着いた声の持ち主。僕の知り合いの中では数少ない常識人な、狼の耳付きの女性。

 たしか、僕と同じ歳か、ひとつ上だったか。


 薄い紫色の髪はショートカットだが、もみあげが長い。尻尾も髪と同じ色で毛は長くもふもふしている、凛々しい目付きの瞳はそれより少し濃い紫色だ。


 服装はダボシャツに、黒のトリミングコートを合わせた格好をしている。あとは、ズボンだ。

 尻尾に顔をうずめたい、そんな衝動に駆られる。けれど、多分なにかしらの犯罪に当たるだろう。


「聞いてる〜?」

「もふもふですね」

「聞いてなかったてことね〜」


 聞いてなかったわけじゃない、そんなことよりもたまごサンドが美味しい。

 いつの間にかモルも起きて、パンケーキを頬張っている。


「神様が呼んでたよ〜」

「神様っていうのは、あの、真実の警鐘者?とかいうあの人ですか」

「そうそう、話したいって言ってたから後で行ってあげてね〜」


 『真実の警鐘者』は、もちろん名前からして不思議の類のアレだ。

 僕はあの人が、どうにも好きになれない。

 出来れば会いたくは無いのだが、『真実の警鐘者』は立場がかなり高い。幽閉こそされてはいるが、警鐘者の言葉は非常に大きな力を持っている。


 警鐘者は、自身は神であると明言している。もしくは迷言。

 しかし、警鐘者はその特質ゆえに神と等しいと。その言葉に偽りはないと、されている。


「「で、仕事は?」〜?」

「被せないでくださいよ」

「志東くんが被せたんでしょ〜」

「仲がいいんだね、うらやましいよ」


 僕となひゆさんが話しているのを黙って聞いていたマリアナに、急に話を振ったのがまずかったか。

 マリアナの羨ましい、のニュアンスが少し違うような気がした。されど、気にしないに越したことはないだろう。


「仕事ね、そうだそれで思い出したよしばらく志東、君に会えなくなるんだ、寂しいよ辛いね、本当に」

「あぁ、遠いところなんですね今回、仕事」

「西の方の、ランテルというところに行って、怪鳥の調査をして欲しいそうだね」


 遠いところに行くのは、嫌いじゃないが。自費で行かなきゃならないところが、辛い。


「志東くん、暗い顔してるけど、いいこと教えてあげるよ〜」

「なんですか」


 息が耳にあたるところまで、ゆっくりと顔を近づけるなひゆさん。けれど僕は見逃さない、残っている僕のたまごサンドに手をかけていることを。


 サンドイッチを守るため皿を引っ張ろうとしたが、なひゆさんの尻尾に邪魔をされた。

 もふもふだ、仕方ない、サンドイッチは諦めよう。


 もふもふ。


「ハイハドくんがね、車貸してくれたから、お金かからないよ〜」

「最高じゃないですか」


 朝起きた時には既にいなくなっていたハイハドだが、なるほど呼び出されていたのだろう。


「というか、仕事の内容知ってたんですか」

「内容は知らなかったけど、遠出なのは知ってたから〜」


 なひゆさんはそう言って、僕の最後のサンドイッチをぺろりと食べてしまった。


「こほん」


 マリアナのわざとらしい咳払いを機に、気を取り直して。


「ハイハドの車って、たしかあのクラシックカーでしたっけ」

「そうそう、オープンカーとも言うね〜」


 最近じゃ、車なんて全部クラシックカーだ。クラシック、ただし最新技術。

 もっと科学が発展している場所もあり、車も凄いのがあるらしいが。値段も、もちろん凄い。


「じゃあ、わたしはモルちゃんを連れて先に西門で待ってるから〜」

「わかりました、早めに話終わらせてきますね」


 モルはパンケーキを食べたあと、また眠ったらしい。

 あとで、マリアナにでも説明してもらえばいいか。


「じゃあ、先行ってきますね」


 代金をピッタリ、机の上に置いて。


「お土産に期待してるよ」


 マリアナの言葉は聞かなかったことにして、僕は路地裏の拘置所に向かった。

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