第二十話『厄介』
「くそっ、モルちゃんっ!」
「うぐっ」
カラスさんと戦い続けた、しかし獣は肉が抉られようと、右腕を切り落とされようと、その暴挙は止まろうとしなかった。
右腕を失ったその時から、獣は私を集中して狙うようになった。しばらくの攻防のうちに、カラスさんとの連携のミスの隙を突かれ左腕で叩き潰された。かくして私は戦闘不能に追い込まれた。
全身が痛む、骨が軋む。
獣は赤く染って、その凶悪さを際立たせている。月明かりに照らされ、鮮血がチラチラと光って見えてとても綺麗。
この光景は、好き。
視界が沈んでいく、ほんの少し、ほんの数秒だけ、休めれば。
「ぐがぁあ!」と、獣が私にトドメのその左拳を振り下ろそうとして。
「僕のこと忘れてないよね?」
カラスさんが獣に触れようとするが、獣は後ろに引いてしまう。けれど、私は延命できた。
そしてどうやら、休ませてはくれないらしい。
「モルちゃん、まだ戦える?」
「ほんのちょっとだけ休みたいかも」
「わかった、じゃあ、箱をちょっとだけ渡してくれるかな」
そう言って、手を差し出すカラスさんは、その
信用しても、いいのかな。
カラスさんのことを、わたしはまだあんまり知らない。
なぜカラスのような格好をしているのか、なぜこんなにも小さいのに賢い(賢い?)のか、なぜ賢いのに子供のようなのか。
なぜ、志東さんは私を呼ぶ時、悲しそうな声なのか。なぜ私を見る時、哀しそうな目をするのか。なぜわたしと居る時、寂しそうなのか。
なぜ、わたしを、モルと呼んでくれるのか。
わたしはまだ、なにもしらない。
────これから、知っていけるかな。
「これ、志東さんから貰った箱」
「うん、ありがと、休んでていいよ」
獣は警戒し、間合いをとっている。
しかし、明らかにその眼孔は箱を捉えている。
理性などなく、ただ暴れまわっているだけだと思っていたけど。存外、目的には従順なようだ。
よく飼い慣らされている。
「さぁ!君が欲しいのはコレだね!」
「ぐるるるぅ」
箱を高く上げるカラスさんに標的を切りかえたようで、私のことは既に眼中に無いようだ。
「そっかそっか、じゃあ根比べといこうか!」
そう言って手を突き出すカラスさんの手袋の模様が、赤く光を宿して。
「グラビティ・コア」
空気が、重くのしかかるような、感覚に襲われた。
〇
劇的というのは、本当にそれが劇であるかのように物事が運ぶということなのだろう。
だとするとこれは劇なのだろうか、劇であるなら僕は背景の木の役を志願する。
劇の一番の大役は、これといっても過言ではない。
過言ではないけれど、虚言ではある。
戦況は劇的に覆った、やはり困った時は神にでも祈ってみるものだ。
「鋭く繊細な刃は、何層にも重なった鋼鉄をも貫くことも出来るの、知らなかったのかしら……残念ね」
ペンギンのパーカーを着た少女が、銀の糸を操る。
銀の糸、糸ではなく、糸さながらに鋭利な水銀だ。
彼女は水銀を操る、彼女の血は外気に触れ水銀へと変換される。
水銀は形を変え、槍となり、蜘蛛男の頭を次々に貫いた。
──
少女だ、されど人を数え切れないほど殺している。その点で言えば、モルと大差はない。
だが、ペンギンの彼女は仕事で手を汚しているだけだ。モルとは、やはり違う。
「はじめまして志東さん、私はウルラ、以後お見知りおきを」
冗談めかしてパーカーの裾を両手で摘み、お辞儀して見せた。
こんな挨拶をしている間も、水銀は蜘蛛男を溶かし続ける。
「例の箱、盗られてないわよね?」
「盗られてはいませんが、僕達は持ってないですね」
「もう一人の女の子に渡したのね、じゃあ大丈夫だわ」
蜘蛛男が、姿を表さなくなった。
ハイハドが、黒装束の遺体を中央に集めている。
「それが、大丈夫って訳にも行かなさそうで、一人ヤバそうなのがモルを追いかけに行って」
「モル?」
「その女の子の名前です」
「あなたが名付けたの?」
「はい」
なんとも言えない顔をして、ウルラは誤魔化す様に前髪を弄った。
そんな反応をされると、気まずくなる。
「……ふぅん、まぁそれはそうとして大丈夫よ、そっちにはカラスが向かってるはずだから」
「それは、安心ですね」
僕達は先に、東門に向かうことにする。
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