第十九話『苦戦悪闘』
屋上から飛び降り、少しよろけながらポーズを決めたのはカラスさんだ。
志東さんの知り合いらしい、つまり増援と考えていい──はず。
「カラスさん、その、武器的なものは……」
「ふふふ、その質問を待っていたよ、そう僕の今回の武器はこれ!」
そう言って風変わりな黒い手袋を、カラスさんは見せつけるように両手を突き出した。
とっても不安。
「今回の?」
「そーそ、今回のっ!」「っ!」
カラスさんも私も避けることは出来たが、獣の、男の拳は地面を抉り、亀裂を入れた。
「
カラスさんの手袋の珍妙な模様が橙色に淡く、光を宿して。
獣を台のようにして、軽やかに飛び超えた。
「ぐらぁ!」
手袋に触れられた獣の背の肉が、弾けた。掻き抉られた。ミキサーにかけられた様に。
「あれ?思ったより効かないや」
なぜ、カラスさんがそう断定したのかは分からない。本来はもっと肉を抉るのだろうか。
獣は吹き散る自身の血を意に介さず、無作為に強靭な腕を振り回す。がカラスさんは身を捩りそれを避けた。
見ているだけでヒヤヒヤする、かなりギリギリな避け方をしている。
「だめだね、思ってたより、手伝ってね」
「あの、やっぱ、なんでもない、がんばろ!」
ナイフをもう一度構え、深呼吸をして。
路地裏に来たのは間違いだったかもしれない、こんな近接戦闘に特化しているような獣との戦闘。それに暗い、表通りとあまり差はないけどやっぱり路地裏のほうが視界が悪い。月明かりのみが頼りだ。
早く渡しに行かないと。カラスさんと私だけで倒すのには少し骨が折れそうだけど…。
「倒すよ、僕らでね」
「うん」
〇
黒装束との、戦いは優勢だった。
しかし、それは黒装束の彼らとの戦いに限る。黒装束の彼らの数は、ハイハドによる刀の刺突と、僕の格闘による奮闘で残り三人。
ハイハドは刀で斬り付ける事がどうにもできないらしく、刺突のみで戦闘している。
して、戦況は劣勢である。理由は数だ。
2人対3人、それに間違いはないが。現在の状況は、2人対3人──と何十匹だ。
「こいつらキモすぎませんか」
ハイハドが、そう悪態をつくのも仕方ない。
体長2m半はあろうかというそこそこの大きさに、手足は2本ずつなのだが異常に長く真っ黒な蜘蛛ような身体と肌質。そして顔の部品は無く、唯一ある部品といえばバックリと大きく開いた歯並びの悪い口。
意外にも紳士服を着ていてマジシャンが被っているようなシルクハットまで被っている。オシャレに気を使っているのだろうか。
そして、そんな奴らが建物の向こうから蜘蛛さながらに大量に、カサカサと現れて、襲ってくる。
うん、気持ち悪い。
「うわぁぁぁ!たすけてっ!ヘルプっ!」
蜘蛛男に押し倒され、開いた口から唾液を垂らされ。それに身悶えるハイハド。
今にも顔からバックリ飲み込まれそうな、それともキスをしそうな。
「ふんっ」
「きしゃぁっ!」
ハイハドを食らおうとする蜘蛛男を横から蹴り飛ばし、起き上がる前に蜘蛛男の頭を踏みつぶす。
「たすかりました、うえ、臭っ」
この蜘蛛男、頭が弱点なようで先程からのハイハドの刺突による戦闘で判明した。
大抵の生き物は脳が弱点だ、蜘蛛男の頭の構造上、脳がどこにあるのか、それともかなり小さいのか。判らないがとにかく頭が弱点らしい。
頭を潰された蜘蛛男は、紳士服共に泥のように溶けて消えていく。
兎にも角にも、敵の数が多い。
「志東さん!赤い建物の屋根!」
「了解」
赤い建物の屋根の上の黒装束の一人に向けて、投げナイフを
ナイフは黒装束の首を捉らえ、呼吸器を潰した。
これで黒装束の奴らは残り二人、あと二人はどこに隠れているのか……。
「あぶないっ!」
「くしゃぁ」
前から飛びかかろうとしていた蜘蛛男の頭を、ハイハドが間一髪で貫いた。
「ありがとうございます、けどどうしますか、きりがありませんよ」
カサカサと、また建物を這って現れる蜘蛛男。きりがない、殺しても殺してもまたすぐ新しい蜘蛛男が現れる。
もっと効率的に、こいつらを殺さないと、勝利はない。
非常に、まずい。
「もっと頑張らないとだめよ、頑張りすぎも良くないけど、死んじゃったら意味がないわ」
後ろで、そんな凛とした少女の声が、誰に向けてでもないような声音で、批難をした。
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