第十八話『月の出る日』

 志東さんから猟銃と箱を受け取って、路地裏まで逃げてきた。

 このまま早く東門へ行かないと。

 路地裏にある、少し広い空間に止まった。少し強い風が吹き抜け、銀色の髪を揺らす。


「ぐしゅるるぅ……」


  小さな身体にズシンと響く鈍い音と共に、それのものと思われる唸り声が耳をついた。非常に不愉快だ。

 一人が付けてきているのは気づいていはいた、道が複雑な路地に入れば撒けると思っていたけれど。考えが甘かったらしい、一人なら私にも勝機は充分にある。

 幸いにも、ここは攻撃を避けることが出来るくらいには広い。


「人間?それとも耳付き?」


 耳付きは、獣人の同義語。差別用語として使われていたらしいが、今では俗語だ。それでも差別が無くなったわけじゃないらしい。

 獣人も、不思議の類に属するらしい。


「話せる?話せるんなら穏便に済ませたいなーなんて言ってみたり」

 「がるらぅ……」


 異常なほど筋肉質で八重歯も異常に発達している、どうやら会話はできないらしい。

 猟銃は渡されたものの、使い方を教わっていない。つまり、使い方がわからない。

 宝の持ち腐れ。棚からぼた餅、ただしぼた餅は嫌い。そんな状況。


 少し多きなナイフを抜いて、目の前の獣を見据えて。違和感を覚えた、違和感の正体は明白ではないけれど。目の前のそれは確実に異様だった。

 ナイフは私の頭より少し大きい、けれど軽くて私でも扱える。殺すことは得意だけれど、筋力はそれに比例していない。


 それでも、片手で扱えるくらいにはこのナイフは軽い。

 このままずっとここにいる訳にはいかない、とりあえず殺すまではしなくとも追いかけて来ないようにはしたい。

 殺しちゃいけないなんて酷な話だけれど、決めたら行動は早い。


 相手のまばたく間に接近し、確実に首に刃を降り下ろした──はずだった。


「んなっ」


 刃は男の鮮血で赤く染まった、しかし男の頭はまだ首から落ちていない。

 異常だ、おかしい。完全に切り落とそうとした一撃だったはず、殺しちゃいけないけど。

 思考を巡らせている束の間、男は私の腕を掴み壁に投げつけた。体格差があり私の方が軽いとしてもとんでもない馬鹿力だ。


 刃だけは手から離さないように強く握っていたが、受身をとるのには邪魔でしかなかった。


「うぐっ」


 肋骨あばらが軽く二三本やられた、うっとうしい。打ち付けられた壁にヒビが入っている、なんて力だ。

 直ぐに体勢を立て直し。


「グルラァァ!」


 こちらに目掛けて、突進してくる巨体を飛び退けた。身体の軋む音が聞こえたが、まだ戦闘は可能なはず。

 勢い止まらずひび割れた壁に、男はそのままぶつかった。壁はボロボロと音を立てて崩れ、男は頭を振って土埃を払っている。


「これは、殺人っていうより狩猟、になるのかな、それとも狩られるのは私?」

「ぐるるるぅ……」


 ポケットの中の箱が無事なことを、片手で確認しながら策略を練ってみる。しかし、どうにも難しい。

 初手で大きくミスをしてしまった、先程のダメージが思っていたより大きく少し体が寄ろける。

 私も、長く引きこもり生活をしていたものだから弱くなってしまったようだ。


 ナイフを構え、もう一度切り込みに行こうと覚悟を決めた。

「グガァァァア!!」と、獣は月に向かって吠えた。吠える、というより咆哮に近いけど。

 ナイフを少し弄び、握りしめ、互いに一歩踏み出した。

 その時だった。


「じゃじゃーん!」


 上から、おそらくはそう高くない建物の屋上からの声だった。その場違いで、文字通り互いに敵を認識しているからの声に私も獣も声の方を見上げた。


「僕様、爆誕!爆誕?それだと誕生しちゃう、今日は誕生日じゃないし、えっとー、参上!んー、これはなんか、違うなぁ、えっとー、さんたん、ばくじょう、あ!そうだ!」


 その鳥は。月明かりに照らされて、よりいっそう黒く見えた。


「僕様、爆参ばくさん!」


 黒い鳥はそう、自らの爆破宣言をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る