第十七話『簡単な仕事』
「これを」
長い髭が特徴的な男性から、箱を受け取った。箱は握り拳一つ分くらいとあまり大きくはない、蛇が彫られた木製の普通の箱だ。
中に何が入っているのか想像はつかない、ハイハドが何食わぬ顔で開けようとしていたが鍵がかかっているようだ。
ちなみに、こういう仕事の時は運ぶものを深く追求しようとしたり、怪しい箱の中身を見ようとしたりするのは厳禁だ。
箱は今、僕が持っている。深夜、店はすべて閉まり、人通りはない。
誰も居ない道を、夜中に歩くのは僕は嫌いじゃない。1人になった気分になれるからだ、この世界から、誰ひとりとしていなくなった。
夜風に吹かれてそんな妄想に浸るのも、悪くない。
「志東さん、私星座とかわからないけど、あれってたぶんマカロニ座かな」
「僕も星座は分からないですけど、多分違いますよ」
星座を考えた人間というのは、想像力がかなり豊かな方だったのだろう。
マカロニ座、どこをどう繋げればマカロニに見えるのか、僕には分からない。
十年前のあの日から、世界から陸の明かりが減り、夜空の星々がより一層輝くようになった。
「志東さん、思ってたより多いですね、どうしますか」
「全力で走るとかじゃあ、ダメですかね」
この謎の箱、思いのほか価値のあるものらしい。つい最近見たような黒装束の奴らが十人ほど屋根の上で後をつけて来ている。
モルもそれには気付いているはずだが、我関せずといった具合である。
「走ります?」
「走るのー?」
なぜ決定権が僕にあるのだろうか、よく分からないが、どうやら決めなきゃいけないらしい。
「行きましょう」
僕たちが走り出すと、彼らもまたそれに応じて屋根を駆けた。
そして一人、と表していいのだろうか。とにかく一匹、黒装束の者たちに紛れ、大きな人間とは到底思えない異形な獣が屋根を伝っているのを見た。
影になっていて、こちらからはっきり見ることはできなかったが。それが、普通ではないことは、長年の経験からわかった。
この調子だと撒くことは出来ないだろう、とにかく箱を届ければ僕たちの仕事はそれで終わりだ。
「モル!」
「はい!?」
落としそうになるもモルは僕が放り投げた猟銃をなんとか受け取って背負い。受け取った物を直ぐにポケットにしまった。
「あとは僕達に任せてください!箱は僕たちが届けます!」
そうモルに叫んだ、久々に大きい声を出したものだから。少しむせてしまった。
「行きますよ、ハイハド」
「了解です」
僕達は東門の方へ、モルは逸れて違う方向へ向かった。
向かい風が、肌寒い。
〇
奴らの目的は箱だ、持っていることが分かったならこちらを追いかけてくるだろう。
「なるほど、それで大声でわざわざ」
ハイハドがわかったように頷きながら、背後から撃たれた魔力の塊を軽く避けた。
「喉、痛めました」
「志東さん喉、弱すぎません?」
後で喉飴でも買おうか、この時間に開いている店はあるだろうか。
「で、どうするんですか?あの数相手できないですよ?」
「東門に同業者がいるはずなんで、そこで迎え撃ちましょう」
2人で戦うよりはマシだろう、使えるものは使わないと生き残れない。生き残って喉飴を買わないと。
魔力の塊が僕たちの肉を抉ろうと、後方から放たれる。軌道は単純なので簡単に避けることができる。
外れた魔力の塊は、道路の石畳に穴を開けた。あれだと明日、誰かが必ず転びそうだ。
こんなことを繰り返している間に道路はクレーターだらけに。
「そういえば、あのでかいヤツはどこに」
「でかいやつ、ですか?」
黒装束の奴らは全員こちらを追ってきているはず、だが一匹見当たらない。あの、明らかに異様な獣だけが見当たらない。
「これ、やらかしたかもしれません」
これは、まずいことになったかもしれない。
「ハイハド」
僕は足を止めて、もう一度敵を一人ずつ確認してみた。
「志東さん?」
足を止めた僕に合わせて、ハイハドもその場に止まり足だけを動かしている。いつでも走ることを再会できるように。いつでも僕を置いて先に逃げれるように。
「ここで、迎え撃ちましょう」
追いついた黒装束の奴らも建物の上から道路に着地して、僕たちと対峙した。
「本気で言ってますか?」
「残念ながら本気ですよ、しかもできるだけ早急に片付けないと」
拳銃をホルスターから抜き、ハイハドも刀に手を添えた。
詰めが甘かった、思っていたより黒装束の奴らは頭がいいらしい。
甘い話には裏がある、甘ければ甘いほど裏に隠れているのはとんでもないゲテモノ。
どれもこれも、甘々だ。けれど仕方がないじゃないか、僕は甘党なんだから。
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