第十六話『不変』

 事細かに、説明するのもいいのだが。

 なんというか、まぁ、またの機会にでも話すことにしよう。結果だけを伝えることにする。

 僕は惨敗、モルはあっさり試験官を圧倒した。試験官が気絶したせいで試験は一時中断したが、怒られずに済んだ。


 モルはそれで一躍有名人になった、けれど、彼女が注目されすぎるのはまずい。

 また適当に、手を回さないといけない。めんどくさい。

 僕はEランクのままだが、モルは僕のひとつ上、Dランクに昇格した。

 いや、少し待って欲しい、言い訳をさせて欲しい。


 僕は銃を使うのが得意で、近接武器は得意じゃないんだ。ナイフも確かに使うには使うが、その、あれだ、木でできていたからバランスが取りにくかったんだ。


 特に面白いこともなかった、僕は木製の剣を誤って後ろの方へ飛ばしてしまい試験官に容赦なく僕の頭に剣を振り下ろした。

 木製でも、痛いのには変わりはない。


 モルは、明らかに試験官が油断していたというのも、今回の件の原因のひとつだと思う。慢心、というのもあるだろうが、試験官の彼は子供好きでそれ故に本気を出せなかったというのもあるのだろう。


 さて、現在の時刻は午前1時、大きな西の門の下。街は静まり、空気は非常に冷え込んでいる。

 同業者が荷物を持って来るまで、寒い中、暇を持て余さなきゃならない。


「はぁー!」


 隣で白く染まる息で、はしゃいでいるモルが羨ましい。


「志東さん、自分、少し寝てもいいですか」

「だめです、許しません」


 冷たい風が吹き抜けた、身を震わせあくびを噛み殺す。

 することがないと、時間の流れは遅くなる。


「志東さん、しりとりしますか」

「いいですね、そちらからどうぞ」


 することがないと、くだらないことが面白く感じる。

 たしか、ハイハドと初めて出会った仕事の時も。こうしてしりとりをしたような記憶がある。


「じゃあ、あ、からで、アヒル」

「る、る、んー、中々ないですねー、んー」


 たしか、前も同じように詰まっていた気がする。

 進歩していないんだなあ、変わりないというのは。良いこととも取れるし、悪いこととも取れるし。


「懐かしいですね、なんだか」


 欠けた月を見上げて、ハイハドは言う。


「ですね…」


 僕も、る、をどうやって返そうかと悩みながら、懐かしみながら、夜空を見上げた。




     〇



 数年前。

 東のとある地域にて。


 街自体がひとつの大きな駅となっている、金などをふんだんに使って装飾が施された、とても豪勢な街。


「志東さん!後ろ!」


 ヴィンテージゴーグルをした少年が、血に染る駅のホームで叫んだ。名を呼ばれた黒髪の青年はゆっくりと振り返る。

 間に合わない。そう、少年の脳裏を過った。

 しかし、青年は目前に迫る自身の命を刈り取ろうとする刃を、気にも留めなかった。

 青年が見ているのは予想外が起きるか否かだ、それ以外に意識を向けていない。


「相手の裏をかく時はまず…」


 刃は、青年の直前で静止した。刃を青年は指でつまみ、床に捨てた。


「ぐぁっ」


「相手が油断するまで待つのが、定石でしょうよ、我慢は大事ですよ、長生きしたいのなら余計なことはしないほうがいい」


 刃を振りかざそうとした本人は、白目を剥き泡を吹いている。少年には何が起きたのか、理解出来ていない。

 少年はおろか、この場にいた青年以外、気絶している彼自身も分からないだろう。

 場が静まり返って、少年が勇気をだして静寂を破って青年の元へトボトボと歩いてきた。


「志東さん、えっと、無事ですか?」

「まぁ、僕は大丈夫ですよ」


 青年は血がこびりついた衣服のホコリを払う素振りをみせた、その行為に意味は無いのだが。


「えっと、一体、なにを?」

「裏をかく人間はですね、臆病なんです、ぼくは臆病なら誰にも引けを取らない自信がありましてね」


 敵対する人間がいなくなったホームに、後処理班がぞろぞろと現れてそれぞれの仕事を始めた。


「答えに、なってません」


「えっとですね、つまり、先に予防?保険?的なのを用意してたんですよね、生命保険は大事ですよ」


 処理班を後目に、そんな世間話をする二人。まともに会話のできる状態なのは、この二人のみだ。


「確かに、こんな仕事してたら普通なのかも知れませんけど、そういう話をしてる訳じゃなくて…」

「いい保険会社、紹介しましょうか」

「遠慮します」

「安心快適、カラス窓口ですよ」

「なぜか不安になるのでやめてください」


 医療班に目配せをし、僕らに医療は必要ないと伝える。ひと目で分かるだろうが、彼らは仕事熱心だ。


「自分、志東さんのそういうところ嫌いです、喋り方が定まってないって言うか、なんていうか、ともかくなんか気持ち悪いんですよ」


 少年は愛刀を右手でさすりながら、不安そうにそう呟いた。

 駅のホームの、中心の大きな照明が点滅した。すぐに治まったがその照明は長くは持たないだろう。


「モルさんのことは、不可しょ…志東さんだけの責任じゃないですよ、……あんまり思い詰めないでくださいね」

「余計なお世話ですよ」


 大理石の床に鮮血が波打っている、西側に大きく鎮座している時計の鐘が鳴っている。


「余計なお世話って言うのは、賢くないですよ、長く生きたいのなら、余計なことはしない方がいいと、思いますね、ぼくは」

「……そうですね、すみませんでした、長生きは自分もしたいですし」


 天井はガラス張り、曇った夜空に、欠けた月だけが沈んで見えた。


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