第十五話『芸術は難しい』

 筆記試験は過去にあったらしいが、今は実施されていない。理由は曰く、紙に費用がかかりすぎるからとの事で。

 ギルドは街の代表というような風潮があり、仲の悪い街との貿易はなかなか上手くいかないらしい。


「志東さん、眠そうだけど大丈夫?」

「ええ、まぁ、かなり眠たいですが」


 現在、昼のギルド。

 模擬戦闘試験を受けに、わざわざ来た。

 試験は、ギルドの庭園で行われる。


「えー、試験を受けに来た者は、自身の番号が呼ばれたら前に来るように」


 試験官が庭園に響き渡るほどの大声で、受験生たちに怒鳴った。

 ここに着いた時、受付で番号の書かれた紙を貰った。裏を見ると、チラシから切り抜いたのが容易に想像できる。

 僕の紙には49と書かれていて、モルの紙には50と書かれている。


 ここから番号が一番の人間から試験を受ける、それまで僕らは暇を持て余すことになる。

 試験はどうやら、木彫りの武器を使用した試験官との手合わせらしい。

 僕が呼ばれるまで、まだ時間がある。

 どう暇を潰そうか。


 ギルド内で過ごそうか、ギルド内に居ても試験官のバカでかい声は聞こえるはずだ。それにギルド内なら美術品を鑑賞できる。実にいい暇つぶしだ。



      〇



 芸術は、僕にはよく分からない。

 例えば、僕の目の前にあるこの絵。黒い砂の砂漠に、赤い果実が生っている。タイトルは書かれていない。


「モルはその絵が気に入ったんですね、あとソフトクリーム食べるのはいいんですが絵に付けないでくださいね」

「うん、つけちゃったらごめんね」


 モルはバニラのソフトクリームを舐めて、ニヤリと笑いを残して。ほかの絵を見に行った。

 モルが見ていた絵も、やはり僕にはよく分からない。

 暗い部屋に大きな家具がひしめいているように見える、真ん中で天井を眺めているおもちゃの兵隊を中心に描かれている。

 タイトルは、不明。


「君も、その絵が好きかい」


 いつの間にやら隣にいた、冒険者の男が話しかけてきた。いかにもな格好をしていて、熟練の冒険者の雰囲気が漂っている。


「いや、そういう訳でもないですね、見てるだけです」

「そうか…それはそうと試験を受けに来たんだな、がんばれよ」

「ありがとうございます」


 冒険者の男は、タバコを取りだし口にくわえた。ここは禁煙だ、火をつけようとしたら警備員に叱られるだろう。

 僕はタバコは吸わない、煙が嫌いだからだ。


「作品には、ひとつひとつ意味があるんだよな」

「そうらしいですね……え?」

「ん?」

「あ、いや、なんでもないです」


 タバコってそんな噛んで味わうものじゃないと思うんだが、吸えないからといってそれは違うだろう。なんだ、こいつ。

 ものすごい、もぐもぐ言ってる、不健康すぎるだろ。


「絵の意味ってさ、見る人間によって変わるって言うけどよ、描いた本人はどう思って書いてんだろな」

「どうなんでしょうね、案外何も考えてなかったりするかもしれませんし」


 僕には芸術はわからない、砂漠の絵は綺麗だと思うしおもちゃの兵隊の絵は不気味としか思えない。

 深い意味を考えるのは、得意じゃない。そしてこいつはタバコを飲み込むんじゃない。それ、飲み込んじゃダメなやつだろ。

 外で試験官が48番の人間を呼んでいる、僕もそろそろ行かないと。


「そもそも、意味なんて必要ないですよね」

「ああ、そうかもな」


「じゃあ、ぼくはこれで」とその場に言葉を残し、僕は庭園に出た。相変わらずカメレオンの視線は気味が悪い。


「志東さん!そろそろ私の番!」

「その前に、僕の番ですけどね」


 頭の上にリンゴを乗せてバランスをとって遊んでいるモルに、(美術品が)危ないから止めるように注意して。

 どこでリンゴを貰ったのかも、少し疑問に思いながら。聞くことに時間は割かないことにした。


「さぁ、やりしゅ、んっ、やらま、やりますか」

「どうやったら五文字でそんなに噛めるの?」


 48番の人間が試験官に礼をして、48番の試験は終わった。次、試験官が大きな声で49番を怒鳴った。

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