第十四話『裏は、どう足掻いたとしても裏』
どこか遠くで、陽気なジャズ音楽が聞こえる路地裏。
非常に静かで、表通りと較べて暗い。
夜は冷え込み、ここは砂埃の臭いが酷い。
「先輩、どうぞ」
「お、ありがとな、そろそろ交代か」
我々はターゲットを見張っている、交代でだ。
気が配れる後輩が、暖かい缶コーヒーを買ってきてくれた。よく出来た後輩だ。
「んで、これって水とか飲むんですかね?」
「さぁ、どうだろうな」
橋で蹲っている大きな男だ、筋肉が異常に発達しており、彼は話す代わりに獣のような唸り声をあげる。
簡単な意思疎通は可能だが、言うことを聞かなくなる場合もある。
「ほっとけ、どうせ水なんかなくても生きられるだろ、そいつは」
缶コーヒーを一口、贅沢を言うのもなんだが、もう少し苦い方が俺は好きだ。
そしてもっと贅沢を言うのならば、俺は酒が飲みたい。
「そういえば、聞きました?」
「何をだ」
「昼の見張り役の隊が、全滅させられたそうですよ」
「そうか…」
肩を竦め、また一口、コーヒーを飲む。
この季節、やはり夜は冷え込む。
こんな夜には、暖かい缶コーヒーが身に染みる。
俺は暗い路地の中、明るい星空を見据えて。白いため息をついた。
〇
名前と比べて、シックなこの場所が、僕は好きだ。
暗い店内に、明かりがひとつ灯った。ランプひとつの明るさなど知れているが、今はこれくらいの明るさでいい。
時間も時間だ。
カラスと別れ、モルとハイハドを家で寝かせて。僕はここに来た。
「私に会いたいのはわかるけどね、時間は考えて欲しいな」
白い長髪に、淡く火の色が映る。彼女は自身の眼鏡を拭いながら呆れたような素振りを見せた。
「すみません、ですが、聞きたいことがあって」
「何の話かな、紅茶に合う菓子のことかな、それとも紅茶とコーヒーを混ぜたらどうなるかの話かな」
「いや、あの」
「それとも、モルちゃんの、話かな」
最初から、分かっているのなら。
いや、仕方がない。こういう人だ。
「彼女の、家族について、聞きたいんですけど」
「いいよ、なんだい」
眼鏡をかけ直し、僕の目を見た。僕は、彼女の目があまり得意じゃない。
だからいつも目を逸らす、今もそうした。
「彼女の、家族に会いたいのですが、できれば母親で」
「んー、それは出来ないかな」
重要参考人か。
簡単に会えるとは思っていなかったが、即答しなくてもいいだろう。
僕はマリアナに、モルの寝言のことを話してみた。
「どうしても会いたいのですが」
「ふーん、なら、あの世ってところに行ってみたらいいかもね」
マリアナはそう言いながら、フクロウを象ったオルゴールを弄る。
即答された理由はわかった、だが、母親じゃなくてもいい、誰か親族に会えれば。話は聞けるだろう。
「残念だけど、モルちゃんの家族はね、この世には、一人もいないよ」
「……」
マリアナはオルゴールを置いた。置かれた
そのオルゴールは、落ち着いた音色を奏で始めた。
「なぜ、ですか」
「殺害されているね、モルちゃんが、見つかる、何年か前にね」
なぜ、彼女に。不思議な力があるのか、全てを破壊しようとするのか。
なにか、わかった様な気がする。
「だいたい、察しましたよ」
「ん」
オルゴールの音が途切れ、また、部屋は静寂になる。
静寂は、心地がいい。
「家族が殺され、そのショックで……、という感じですかね」
「……違うね」
「違うんですね」
少し、恥ずかしい。
誤魔化すように、オルゴールを手に取ってみた。取ってみたものの、巻き方が分からない。
「うーん、まず、間違ってるね、前提が」
「前提、ですか?」
「あぁ、そうだよ」
ゆっくりと、マリアナは頷いた。
手を差し伸べて来たため、オルゴールを手渡し。彼女はそれを巻いた。
また、オルゴールは奏で始めた。
「モルちゃんの親はね、殺されたんだよ、でもね、殺したのは他人じゃない」
「それは、つまり……、親族に裏切られたと……」
そう、僕が口にすると、また呆れたような素振りを見せ、マリアナはため息をついた。
「殺人鬼がいたんだ、モルちゃんの家族にね、殺人鬼だ、人を沢山殺している、君がモルちゃんといる理由を考えてみたらどうだい?」
「……つまり、そういうことですか」
考えていなかった訳じゃない、でも、それを僕が断定していいものじゃない。
そう、思っただけなのだが。
「君は、鈍いだけなのかな、それとも、目を逸らしているだけかな、ん?」
「いや、あの、普通に考えてませんでしたね、眠たすぎます」
眠い、瞼が重い。
普段は、寝ている時間だ。
「今日は、もう終わるかい」
「そうします」
街から賑わいが消えて、どこか遠くで聞こえていた音楽もすっかり聞こえなくなり。
オルゴールは、奏で終えた。
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