第八話『マカロニは茹でなくても美味しいらしい』


「ぷっはぁ、やっぱりお風呂上がりには牛乳だね!」

「人の家の冷蔵庫を当然のように開けるんですね、尊敬します」


 現在、僕の家のアパートに居る。

 この街は十九世紀末のヨーロッパというおもむき(といえば分かるだろうか?)だが。何故か僕の住んでいるこのアパートに限っては雰囲気が、いやむしろ世界観が違う。


 ヨーロッパなんて単語、身の回りで何人が覚えているだろうか。確かどこかの学者が『世界崩壊後に置ける時間軸遅延』を提唱していたが、あれは個人的に正しいと思う。しかし、まあ僕の見解ではその時間軸の狂いには個人差があると考えている。


 難しい話はやめよう、そうだ僕のアパートの話に戻ろう。

 家賃は安く、隣人は居ない。代わりに上の階に四六時中タバコを吸っているようなおじさんやとんでもなくお金持ちのご令嬢などが住んでいたりするが。

 話したことはあまり無い。


「お腹すいた!なんかないー?」

「冷蔵庫の中何かありますか?」


 質問にモルは答えず、冷蔵庫の中を牛乳パックを直すついでかのようにまさぐりはじめた。

 今日は家で一人で、ベッドに直行して眠る予定だったのだが。


「トマトとー、ツナ缶しかなーい」

「なんにも作れそうにないですね」


 「えー」と不満を言っているが、そもそも彼女が家に来るとは思っても見なかった為、何も買っていない。


「何か食べないとお腹すきすぎて死んじゃうよ?死んじゃったら死体処理よろしくね?」


「えぇ、それは、めんどくさいんで死なれるとは困りますねー」


 戸棚になにか、お菓子かなにかあったような気がして、戸棚の中を物色してみるが。

 これといってめぼしい物はない。

 そもそも、何故こんなことになったのか。これは確か、1時間か2時間か3時間くらい前の話しだったような気がする。



      〇


 一時間前。

 路地裏街、留置所にて。


「え、いや困るんですけど」

「そんな事言われてもねぇ、引き取ってもらったその時点でそっちで世話してもらうことになってるからさ」


 仕事が終わり、結衣さんとも分かれた後。モルを返そうと留置所に来たのだが。


「いや、聞いてないですし、困るんですけど、部屋とか空いてないですか?」

「部屋はね、次来るやつのために清掃中だからね、空いてないね」


 この状態である。

 僕の家は決して広くない、それに出来れば家に連れて行きたくない。

 こちらは、モルの所存をどうするか必死に検討中なのに対し。

 当の本人は従業員、通称オセロの人とオセロを楽しんでいる。


「あぁ!負けたっ!」


 負けたらしい、さすがオセロの人、強いらしい。


「あの、今日だけでいいんで、どうにかなりませんかね?」


「ダメなものはダメだね、こればっかりはどうしようもないよ」

「はぁ、どうしましょうか」


 やはり家に連れて帰るしかないのだろうか、どこで寝かせようか。風呂には入ってもらわないと。

 着替えはどうすればいいんだろう。


「やってられるかぁ!!」

「うぉっ、あ〜ぁ、オセロが」


 モルが見事にひっくりかえしたオセロを、オセロの人が拾い集めた。

 モルは不機嫌そうだ。

 時間ももう遅く、帰るなら帰るで急いだ方がいいだろうか。


「あの、じゃあせめてモルが使ってた日常品的な、服とか歯ブラシとかそういうの残ってませんか?」

「ん、まぁ、袋につめてるけど、それでいいなら」

「ありがとうございます」


 寝る所は、まぁ、僕が床で寝れば。

 ……いや、モルを床に寝かせよう。うん、そうだ、そうしよう。



      〇


「モル、それ茹でてから食べるものなんですけど」


 戸棚にマカロニがあったのでとりあえず茹でてみようと、鍋でお湯を沸かしていたら。


「ふぇ?ふぉいひいほ?」

「美味しくは無いと思いますけど」


 マカロニって、そんな口にいっぱいに頬張るものじゃないと思うんだけども。


「美味しいんですか?」

「パリパリしてておいしいよ!」

「パリパリって言うより、バリガリュバリリって感じだと思いますけどね」


 あれだ、喉が渇いている時に飲む水がものすごく美味しく感じるのと同じ理論なのだろう。


「一応、歯磨いてくださいね、そろそろ寝ますよ」


 必要なくなったお湯を捨てながら、茹でていないマカロニを食べるモルに言った。

 モルはテレビを目が悪くなりそうな距離で、リモコンを持ってチャンネルを変えるのを繰り返している。



「私どこで寝るのー?」

「床です」


 洗面所で、歯を磨き始めながら、そんな会話になった。


「え、こういうのってお客様にベッドを譲るんじゃないの?」

「少なくとも僕は、人の家の牛乳を勝手に飲む人をお客様とは思いません」


 シャコシャコと歯を磨く音だけが、しばらくこの空間を支配して。


「床ってお布団あるよね?」

「それが、無いんですよね、頑張ってください」


 口の中をゆすいで、部屋に戻りながらそう吐いた。

 と、後ろに服を少し引っ張られた、モルだ。


「この寒い時期に布団がないのは許せないよ?」

「そんなこと言われましても……、まぁ、何かいい案があったら言ってください」


 モルに口をゆすぐように注意して、今度こそ部屋に戻って、布団に入った。

 明かりはモルが消すだろう。

 今日はもう寝よう、おやすみ。



      〇



 別に気にしてるわけじやない。

 僕にそういう趣味はない。


「にゃ、ふ……むにゃ、すぱげってぃーの、かみさま……にゃむ」


 これはあれだ、すぐ下から独特な寝言が気になりすぎて寝れないだけだ。

 同じ布団で寝ると、そういったのは彼女だ。

 別に、それはどうでもいい。誰かと一緒に寝ることに問題は無い。モルをそういう目で見ることができるほど僕は特殊な性癖はもちあわせていない。

 ただ、気になるのが。


「けちゃっぷ……まよねー、ず、だいとーりょー……むにゃむにゃ……」


 言った彼女の夢の中では何が起きているのだろう、無性に気になる。

 もちろん、それが大部分な理由なだけで。正直、異性と同じ布団で寝るというアレが気になっていない訳でもない。

 でも、それよりやはり、寝言が気になる。


「むにゃ、……はっぴーにゅー、くりすます……おあ、とりーと……」


 なんなんだよそれっ。 となる訳だ。

 本当は起きているのでは無いのだろうか?

 いや、もう寝よう。

 気にしたら負けだ、これは。


 寝よう。





「むにゃ、……おか、……さん……」


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