第七話『頼る』
すっごく静かなところだった。
一際大きくて、装飾が施されたあとがよく残っている石造りの建物。
中に入ってみて、改めて本当に大きな建物だなって思った。
そのせいか、他の場所よりここには赤い枝が多い気がする。
「あー!!!」
声がこだまして、建物の中に住み着いていた生き物がちょこちょこと動き回る。
こういう場所は声が響いて面白い。
なんとなく、リスか何かの生き物が逃げた先について行ってみた。
その部屋は一段と赤い枝が生い茂っていて、天井が壊れ青空が見える。
目が、合ったような気がした。
服を着た人骨だ。目は空洞になっているけれど。目が合ったような気がした。
「あ!銃だ!」
人骨は細長い銃を抱え込むようにして持っていた。
これを持って帰れば褒められるかも。
いや!絶対に褒められる!
さっそく引っ張ってみた。
でも、思った以上に固く固定されていてなかなか取れない。
もう一度、力を最大限に全身を使って引っ張ってみた。
「取れた!」
ブチッという鈍い音がして、ようやく銃が取れた。
引き金の部分ら辺に赤い植物が絡みついている。きっと、ずっと昔からここにあったんだろう。
多分この植物のせいで取れなかったんだろう。
さっそく、見つけた銃を自慢しに行こうと部屋から出ようとした。
と同時。
建物が揺れた。
鳥達が騒めき。
重いものが這いずる音が、大地を揺らしながら響く。
足元を赤い蛇が這っている。
本能的に動くことが出来ず、理性的に声を殺す。
待っていれば、志東さんが助けに来てくれる。
……はず。
今は信じて待とう。
待つことしか出来ないけど。
そういえば、前にご飯食べたのっていつだったっけ。
……。
お腹空いた。
〇
「はっうわぁ、こ、怖かったぁ」
植物が行き渡っていない安全な場所、結衣さんは深く息を吐くように言った。
だが怖かったのはこっちだ、僕は息も絶え絶えで返す言葉も見つけることが出来ていない。
それに比べ結衣さんは、かなりの距離を音を立てないように神経をすり減らしながら走ってなお、疲れる素振りは見せているものの元気そうだ。
「にしても、今気づきましたけど、ここやばいですね」
「ん?……うわぁ」
ひとつ、大きな建物があった。
石造りの装飾が施された、大きな建物だ。
大部分が壊れてしまっていて、屋根から異常な量の赤い枝が突き出ている。
「ここに入るわけじゃないやんな?」
「いや、明らかにここっぽいので入りますよ、今から」
餓桜の本体からかなり離れているにもかかわらず、この量の枝が集結しているのは。
たぶん、そういう事だろう。
「ほら、早く行きますよ」
「え、ほんまに入らなあかんの?うちここで待っててええ?」
普通は、そうだろう。
危険な所へ、自ら行きたいという人は少ない。
それでも、仕事なんだから。仕方ないだろう。
「行きますよー」
「うーわーぁー」
僕より偉い立場といえど所詮は少女。
襟を掴んでそのまま引きずっていくことにした。
辺りはもう暗い、ランタンに火をともした方がいいだろう。
〇
あ、居た。
彼女もこちらに気づいて、必死に手を振っている。
「あれどうやって助けんの?」
「えーと、いやぁ」
外から見てとれたように、建物の中にも赤い枝が
助けようにも、彼女のいる向こう側へ行くことが限りなく不可能に近い。
というか、不可能だ。
「どうします?」
「志東くんが叫びながら隅に行けば?」
「それ僕死にません?」
だが、本質は間違っていない。
要するに、この枝達を一箇所に集めたい。
「なんか、こう、音たてるヤツかなんか持ってな、」
突然、目の横を鋭い赤い枝がかすめて。
「……」
結衣さんは、ゆっくりと首を横に振った。
あまり、喋らない方が良さそうだ。
モルがいる方を改めて見ると、何か、長いものを持っている。
枝を折ったりしたのだろう。どうしたものか。
「結衣さん、火あります?」
結衣さんは首を横に振った。どうやら喋るつもりは無いらしい。
出費がかさむが、仕方がない。
僕は、できるだけ遠くの隅にランタンを放り投げた。
建物は幸い石造り、火事にはならないだろう。
「志東くんっ、たしか火は効かないよ!?」
明かりがなくなりいっそう暗くなったことに不安を感じたのか、小声で結衣さんが半ば泣きそうになって怒っている。
火は建物の隅で
ランタンの割れた音、炎が燃え上がる音で、大体の枝が反応し火元に集まったが。
枝の中にはまだ火に反応出来ず、蠢いているものがいる。
これではまだ、安全とは言えない。
僕はポケットから赤い物を取りだし、火の中に。
それを放り投げた。
火が付いたそれは、パチパチと大きく音を立て爆ぜた。
これだけの大きな音だ、狙いは的中して。
この空間の全ての枝がそこへ集結した、音を立て続けるそれを獲物と判断した枝は。
それを巻き込み、中の奥の奥の、深く深くへと飲み込み始めた。
地が大きく揺れる。
「こ、こわ」
「同意します」
下手をすると自分たちが、今のその惨状のようになっていたと想像すると。
考えたくもない。
安全だと、そう、理解したモルがこちらに一直線で向かって来て。
「しーどーうーさーーん!!!!」
「ごふっ」
思いっきり僕の胸の中、の少し下の溝に飛び込んできた。
痛い。
「志東さん!ものすごく怖かった!」
「はい、僕もです」
怖いものは怖い、ここは安心させるために見栄を張った方が良かったのだろうか。
「まぁ、何はともあれ、無事だったんで帰りま……」
『衝動!
暗闇の中、声が突き刺すと共に人が屋根から枝の束に向かい降りてきた。
そして、ほぼ同時。
枝の束は。
喰い千切られたかのように、無惨に弾けた。
「え、あ、あの、えと、え!?」
つかの間の静寂を得て、モルが酷く狼狽している。
「あ、どうも、来るの遅くないですか?」
「もうちょっと早く来てくれへんかな、うち暗いところ苦手やねんけど」
モルと僕たち二人の温度差が、明らかに違い。モルは、危険がある訳では無いと理解したのか、緊張を解いた様だ。
降りてきた男は若く、キャップ帽を深く被り、機動隊の弾丸をも通さない服を着ている。
餓桜の枝を破壊した錆びた斧を背負い、取り出したランタンに火を灯した。
「餓桜の大規模な活動の観測、んで来てみたら武器も持ってない三人組、どうしようもないと思いきや、何か知らないけど枝を一箇所に集める謎の光?話ややこしすぎて腰生えてきましたよ」
「いや、その、武器はいらないかなって思ってたんですよね、戦う任務じゃないですし」
「そもそも腰生えるってなんなん?怖すぎん?ていうか今日怖いことありすぎやろ、疲れたわ」
男はランタンを結衣さんに手渡し、無線で会話を始めた。
「えっと、志東さんこの人は?」
「任務やらの後始末をしてくれる強い人ですよ、それよりモルが持ってるそれ、貸してください」
猟銃だ、少し錆びてはいるが、あいつなら直せそうだ。
保管状態の良い猟銃に魅入っていると、モルが腕をつついてきた。
無視してみようか。
チラッとモルの顔色を伺ってみた。そして、一瞬で判断した。
あ、ダメだ、泣くわ。
「どうしました?」
「これ見つけたの」
「ですね」
「これ、珍しいやつだよね?」
「そうですね」
赤い枝が異常に多い故に誰もここに近づかなかったのだろうか、なかなかの掘り出し物だ。
「……」
「……」
どうすればいいのだろう。
いや、分かってはいるが。
確かに猟銃を見つけたのは手柄だが、枝を起こした点では戦犯だ。
「はい、偉いですよ、よくがんばりましたね」
迷った結果、これを選んだ。
褒めた方が人は伸びると言うし。
「ふふ、私なら当然なのだよ」
頭を撫でてやると、本当に嬉しそうだ。
時間も遅いし、今日は寄り道せずに帰ろう。
日は完全に沈んで、街の灯りはランタンの灯りだけになった。
「んじゃ、送ってくんでさっさと行きますよ」
「ほーい」
「疲れたー」
家に帰るまでは、気を抜けない。
まだ、危険な場所にいるのだ。
夜は暗く、枝を見分けることが難しい。
「私もう歩けなーい」
「はぁ」
こんな場所で夜を明かすわけにもいかず。
その場にへたりこんだモルをおぶって、帰路に着いた。
家は遠い。
「なぁ、うちもおぶってーなー」
「いやです」
夜が訪れた街は不気味だ、夜風で木々が揺れる。
月明かりが綺麗で、街は照らされていた。
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