第二話『見方、あとは味方』

 路地裏街、留置所にて。


「疲れたぁ、もう帰りたいぃ」

「頑張れ、もうあと2時間だぞ」


 ここは、路地裏街にある不思議ミュスティカルの保管庫だ。

 午後と午前で管理の仕事を入れ替わり、脱走の阻止や不思議の世話をしている。


 働いているとは言ってもずっと働いているわけでもなく、暇な時間もある。

 ここでの暇つぶしはトランプやオセロやら。いつかは飽きが来るものばっかりだ。


 留置所と言うよりは保管所に近いこの場所は、本当にすることがない。

 留置所というと、鉄筋コンクリートでできた壁や床のイメージをすると思うが。ここは木造建ての建物で地下までダークオークの木が敷き詰められている。


「あのー、すみませーん」


 管理室の横の、無人の受付から身を乗り出して黒髪の青年が対応してくれる人間を呼んでいる。

 すなわち、俺か。


「はいはい、志東しどうくんだね、毎日ご苦労さん」

「どうも、えっと、オセロの人」

「あぁ、もうそれで覚えられてんのね、俺」


 毎日同じ時間に同じ要件で来るため、ついつい対応が適当になってしまう。

 これは別に面倒くさいからなどではなく、単純に色々あってそこそこ仲が良くなったとう。

 一方的に思っているだけなのかもしれないが。


「F5-Pの鍵です、くれぐれも無くさないように」

「分かりました、ありがとうございます」


 そう言って青年は階段を下って行った。

 俺は仲間とオセロを再開した。



      〇



 今、留置所という名目の監獄、それとも保管庫?まあ、どちらとも言える場所に来ている。

 この建物には上の階がない、下に伸びる形で建てられていて。地下5階まで続いている。


 階層別で危険度が変わり、下の階に下がるほど危険度が上がっていく。

 そして僕が向かっているのが、最下層の5階。

 説明の通り、一番危険なエリアだ。


 吊るされた裸電球が、小さく揺れながら辺りを緩やかに照らす。

 階段は地下へと沈んで行く。



 いつか聞いた話だが、この留置所には特別な結界が貼ってあって。老化や発育が進まないようになっているのだとか。

 それが本当なら不老不死になれるのではないのか。


 まだ3階か、エレベーターを使えばよかったかな。

 ここのエレベーターは苦手だ。木製のエレベーターなのだが、揺れ方が尋常じゃあない。

 初めて乗った時に酔ってしまって、それから避けるようになった。

 もう絶対に乗らないだろう。




 5階に着いた。

 F5-Pの部屋は、ここの廊下をもう少し進まないといけない。


 廊下は人二人分程の幅しかなく。丸太をそのままはめ込んだ様な壁、丸太には所々切り抜かれている部分があり、そのスペースには観葉植物やおもちゃなどの小物が置かれている。

 収容室で出入りできる扉は1つ、否、正確には2つだ。安全性を考慮して二重扉になっているのだ。


 1つ目の扉は管理室で施錠管理がされていて、2つ目の扉で先程貰ったような鉄製の鍵で直接開けなければならない仕様になっている。

 鍵に着いているバーコードを扉のコード機にかざすと、管理室の操作により扉が開く仕組みになっている。


 あとは簡単、第1扉の鍵がかかったことを確認し、第2扉に鍵を差し込み開ければ。


「失礼します」

「わ!いらっしゃい!」


 そうこう考えてる内に部屋に着いてしまった。

 中に居たのは年端もいかない少女。

 銀髪に蒼い瞳を持ち、白いクロークを纏っている。


 忘れてしまいそうにもなる、しかし忘れてはいけない。

 彼女が危険な人間パラノイヴだということを。


「ほら!座って座って!」

「どうも」


 彼女に促され、テーブルをひとつ挟み向かい合うように椅子に腰かけた。

 部屋には沢山の本棚やぬいぐるみが置かれ、子供部屋のような様になっている。


「どうですか、調子は」

「調子も何もない感じ!」


 そりゃそうだ、こんな所に閉じ込められているのだから。


「今日のお外の話はどんなの?」

「今日は生憎、話は持ってきていないんですよ」

「えー!」


 唯一の楽しみを削がれ、拗ねる素振りを見せる彼女。

 まるで子供だ。


「……やっぱり、外に出たいですか?」


「もちろん、こんなところにずっと居たくないね!」


 ……。

 本題に入る。


「なら、僕と取引しませんか?」

「ん?取引き?」

「そうです」

「詳しく聞かせて?」


 身を乗り出す彼女を、落ち着くように促す。

 彼女は落ち着きが無くなった様子で、ソワソワしてる。


「僕の仕事は危険な不思議を危険じゃなくしたり、保護したり、処理したりするものなんですね」

「うん!」

「最近知ったんですけど、そういった危険なふしぎを処理する場合に違う不思議を使用する人生をして許可が降りればどうやら使えるらしいんですよ」

「ふむふむ!全くわかんない!」


 彼女は全力で頭を左右に振り、僕はそれを眺めながら深いため息を着いた。


「つまりですね、歯には歯を目には目をっていうことです」

「なるほど!わかったような気がする!」


 分かってないなあ、と思う。

 絶対にわかってないだろう。


「まあ、要約すると……、僕に力を貸してくれませんか?もし力を貸してくれるのなら、僕が外の世界を見せてあげましょう」


 そう言い切り、時が止まったかのような錯覚を憶える沈黙訪れた。

 天井から吊るされた電球が揺れている。廊下にいる誰かの足跡がやけに響く。時計の針が一定のリズムを刻む。


「まぁ、そういうことですね」


 そう言い括った。彼女は考え込むような動作を見せ、僕の目を慎重に、訝しむ様に覗き込む。


「志東さん、前から気になってたこと、聞いていいですか?」

「……どうぞ」


 そう許可を出した途端、空気が重くなったような気がした。

 息が辛い、身体が重い、精神が軋むような、錯覚に襲われた。


「怖く、ないの?」


 彼女は、人間パラノイヴ

『レノール通り魔事件』の犯人。

 目の前に在るそれは、ここに居るべきではない。

 容姿と業の喰い違う魔物。

 なんか、かっこいいけど。そういう話じゃあない。


「人間は古来より、未知のもの、分からないもの、理解できないものに、怖いという感情を向けているんです、でも、貴方はそうじゃない、分からないモノじゃあない、貴方のそれは言ってしまえば殺意という衝動を飼い慣らせていないだけなんですよ、殺意は誰にでもある、もちろん僕にも殺意は心の奥底くらいのところに潜めています、……ですが、僕はそれを飼い慣らしているんです、だから僕は捕まっていない、それがあなたと僕の違い、飼い慣らせる術を持っているかいないかの違いなんですよ、だから、分からないものじゃない、だから僕はあなたを怖いとは思わない」

「……」


 信じさせればいい、あとはどうにでもなる。どうにかさせる。

 とにかく、信じてさえ貰えれば。


「息継ぎ大丈夫?」

「いえ、かなりギリギリです」


 息も絶え絶えに、彼女の配慮に返答する。

 とにかく、酸素が欲しい。


「うん、わかった、とにかくやっぱり面白い、協力するよ、私で良ければ」


 クスクスと笑を零し、彼女はそう言った。

 それを逃さまいと、畳み掛ける。


「なら約束です、逃げ出さないでくださいよ、でも直ぐに出れるわけじゃないですからね、色々と申請やら書類やらを纏めてからになります」

「うん、じゃあ約束する、私は絶対に逃げ出したりしない」

「ありがとうございます」

「だから、私のお願いも、聞いてもらってもいい?」

「はい、聞きましょう」


 聞く、と逃げ道を作り、彼女の話に耳を傾ける。

 ここで安心しきってしまっては、ダメだ。最後まで警戒を怠ってはならない。


「ちゃんと、私を飼い慣らしてね」


 ……。

 何度目だろう、彼女は普通じゃないと。

 なんて、言い回しだ。少女が使うには、重過ぎる。


「はい、任せてください、2歳の時から買ってる猫なんか、まだ生きてますから、飼うのは得意ですよ」


 この空気は、僕には荷が重すぎた。

 場違いな言葉で場の空気を軽くしようと。

 それでも、これからの事を考えると。


「では、一刻も早くここから出られるように、色々、手続きとかしてきます、失礼しました」

「うん!ばいばーい!」


 手を振る彼女に微笑み返し、扉をしっかりと施錠した。

 もう、後には引き返せない。

 これが、正しい判断だったのかどうかも分からない。

 あとは、僕のやるべきことをやるだけか。

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