第三話『レノール通り魔事件』

「何読んでるんです?」

「ん?あぁ、ちょっとね資料的なのをね」


 ログハウスの中、灯油ランタンに照らされて、縁のない眼鏡をかけた女性と栗色の短髪が可愛い少年は、2人静かに言葉を交わしていた。


「んーと、なんの資料ですです?」

「数年前のね、事件の資料だよ」

「なるほどです」


 答えを聞いて興味が無くなったのか、少年は机に突っ伏し居眠りを始めた。

 少年が淹れた紅茶が、湯気をたてている。

 それをひと口飲み、資料に目を通した。



      〇



 十七年前。

 当杯通りレノールストリートで、連続殺人事件が発生した。

 死者約三百名、重軽傷者約百名にも上る多大な被害が出た。


 犯人は三十代無職の男性として、死刑が執行されたが。あくまで民衆の不安を和らげるためのものであり、男性はこの事件とはいっさい関係の無い死刑囚の一人である。

 彼女は、生かされた。

 その異常性を、調査するために。


 一方で、生存者の証言による犯人像の噂が拡まっている。

 曰く、年端も行かない少女であるということ。

 曰く、青い双眸に銀髪を結った美少女であったということ。

 現場で発見された大量の死体と犯行時間の整合のとれなさ、その死体のいくつかが凶器から推定してありえない切断のされ方をされていたこと。


 以上の点を持って、これを不思議ミュスティカルと関連する事案として調査を開始させる。


 血だらけの少女が倒れていると民家からの通報を受け、その少女を保護したという情報を入手。

 噂の内容と少女の容姿の一致。

 速やかに拘置所に引き渡し、細心の注意を払う様に。



     〇



 甘ったるい。

 すっかりぬるくなった紅茶を飲み干し、ぼんやりとそう思う。


 角砂糖はやはり十二個以上入れてはいけないと、再認識できた。いいことだ。


「ねむい……」


 気持ちよさそうにそこで眠っている少年をうらやましく思う。

 私はどうしても、机では寝れない。

 ランタンが静かに揺れている。


 静かだ。

 静かなのは好きだけれど、こうも静かすぎるのは好きにはなれない。

 重くなるまぶたを軽く擦り、資料に目を通した。



     〇



 実験記録。

 生物としては特異性は見られず、言語能力、思考能力ともに正常。

 職員には友好的だ。


 思考、身体能力に多少の特異性あり。

 実験対象の目に入る全てへの、生き物への殺意、物へ対する破壊衝動。心理療法を開始。

 衝動は彼女自身で制御できる程度のものである。


 通常時の身体的特異性は見られず。実験対象の『精神的な飢餓状態』により身体能力の大幅な向上が観測された。


『精神的な飢餓状態』。

 実験対象には一日に一度、小動物の殺傷、もしくは道具の解体が

 これの作業を七日間、停止させて一切の殺傷や破壊行為を禁制させた状態を『精神的な飢餓状態』と表す。


 この状態に陥った対象は攻撃性が増し、手当たり次第に殺傷、破壊が繰り返された。

 暴走は約三時間にわたり、その後十時間以上の睡眠に入り攻撃性が低下。


 暴走状態に陥ると無力化することは困難で、三時間の暴走を経てのみ無力化に成功している。

 監視員は『精神的な飢餓状態』に対象が陥らない様に、一日に一度必ず小動物の殺傷、もしくは物品の破壊を行わせるように義務付ける。


 実験対象には『認知殺衝性モータル』の名で表記し、実験を終了する。

認知殺衝性モータル』の危険度を五階層基準と設定し管理を行うように。

 引き続き実験を行いたい場合は以下の条件を……。



      〇



 眠い。

 もう限界だ、そろそろ寝よう。


「ウルくん、こんなところで寝たら朝が辛いよ」

「ふぁい……」


 ウルくんを揺り起こし、近くのソファーまで誘導してあげると、ウルくんはそのまま再び寝息を立て始めた。


 冴えない思考、窓から染みる微睡まどろみ。風も通らず、燃ゆる火の音だけが残る店内。

 私は資料を静かに撫ぜて。


 ランタンの灯しを吹き消した。

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