十六章 「もとあるべき場所へ」

「今日は一人なんですね」

 未来さんは会うなり少し不満げにそう言った。

 前回二人で来たのがあまりいい印象を与えていないらしい。

 あの日、少しは樹の中で気持ちも揺れ動いたのだろうか。

 困惑させて悪かったと思っている。

 でも、私は樹の中にある真っ直ぐな気持ちを信じたかった。

 心のどこかに響いてくれたらいいなあと思っていた。

「そうよ。今日は未来さんに大切な話があって来たんだから」

「どんな話でも聞きますよ。南沢さんは大切なお客様なんですから」

「ありがとう。私が買った夢を、樹に返したいの? できる?」

「結論を先にいうと、できます。『特例』というものがあり、買った人が売り手に返すことができます。それは、本来夢が思っていたものとあまりにも違っていた場合に使うものですが、」

「よかったー」

 私はほっとした。

 私がしてきたことがなんとか樹をつなぎとめることができた。

 これで樹はまた元に戻る。

「できますが! 今回の場合は、あなたにはなんの特もありませんよ?」

「それでいいの」

「あなたが夢を買って失った寿命は、返ってきません。そんなに万能じゃないです。あと、早坂さんは元に戻りますが、元に戻るということはまた同じように夢を捨てたい気持ちになるということですよ。振出しに戻るどころではないですよ。むしろ、あなたの命が残り少ないというマイナスからのスタートですよ」

 未来さんは、私の心配をしてくれているようだった。

「わかってる。私のことはいい。それにそんなに都合よく世の中はできていないのを知っているから。彼とはじっくり話すから。それに昔の樹に戻るわけじゃないよ。今日までの日々があるんだから」

「なんで、そこまで早坂さんのことを大切にするんですか?」

 未来さんは、心底不思議そうな顔をしていた。

「愛してるから。かな」

「私には、そんな気持ちわかりません」

 珍しく未来さんは、感情を表している。

「あなたにもそんな存在ができるとわかるよ。私はただ樹に幸せでいてほしい。そして、何度道を踏み外しても私が助けると心に決めてるから」

「わかりましたよ。あなたがお望みなら、全て早坂さんに夢を返しますよ。それでいいんですね?」

 未来さんは、いつものように真面目な顔で確認してきた。

「はい、お願いします」

「本当にあなたは大バカです」 

「はは、バカか。そうかもしれないね」

「そんなバカな私の最後の質問に答えてくれる?」

 私はどうしてもあることが聞きたかった。

「なんでしようか?」

「あなたは何物なの?」

「私は、天使です」

「天使か。思ったよりすごい存在なのね」

 悪魔とか死神だと思っていた。

「そんなことはないです。ただのしがない天使です。」

 そう言って、未来さんは消えていった。

 そうして、夢は、樹のもとに戻っていったのだった。

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