十二章「どういうこと?」

「忘れてしまったことを、一緒に思い出さない?」

 一華は、僕の顔を見るなりそう言ったのだ。

 僕が別れを告げようと決めた日。

 その日は朝から雨がずっと降っていた。

 僕は一華を家に呼び出した。

 僕からは最近連絡をとっていなかった。

 わざわざ呼び出して言うことは、感のいい一華ならきっと何かわかっていただろう。

 それなのに、玄関を開けるとすぐにそんな言葉をかけてきた。

「忘れたこと?」

 僕は何が言いたいかわからなかった。

 彼女の話の意図がわからなかった。

「そう。最近思い出せないこととかない? おかしいと感じることはない??」

 一華は優しい声で聞いてくる。

「特にないけど」

 でも、一華は何を言いたいのだろう。

「はっきり言うとね、樹は、変わってしまったよ」

「僕はどこも変わっていないよ」

 とっさに言葉が出た。

 僕はどこか変わったりおかしくなった覚えがない。

「そっか。それももうわからなくなっちゃったんだね」

「どういうこと?」

「ううん、大丈夫。とにかく忘れたことを一緒に思い出そうよ。私も手伝うから」

「どうして?」

 そんな言葉が出てきた。

 どうして一華がそこまでしてくれるかわからなかった。

 僕は一華との思い出すら思い出せない。

「どうしてって、好きな人が辛いのをそのままにしておけないでしょ? 普通のことだよ」

 一華は照れながら笑った。

 その瞬間、涙が溢れてきた。

 涙の訳はわからなかったけど、何故か懐かしさを感じた。

 これは一体何の感情だろう。

「樹が悪いんじゃないよ。大丈夫」

 それから何度も何度も一華は「大丈夫」と僕に言ってくれた。そして、抱きしめてくれた。

 雨はいつの間にか止んでいた。

 

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