十章 「夢を自慢する?」

「また夢を買いたいのですが」

 私は、またあのお店に来た。

「再び来てくれたんですね。嬉しいです」

 未来さんは、笑顔で迎え入れてくれた。

「夢を手に入れたときは、気分が上がってよかったです」

 それは味わったことのない感覚だった。

 私はもう大人だけど、それでも知らない感覚だった。

 これは私のように、はまる人がいてもおかしくない。

「お気に召してもらえてよかったです。誰かに自慢しましたか?」

「いえ、それはまだです」

 自慢をする。そんなこと考えたことなかった。今まで自慢できることなどなかったから。

「もったいないですね。自慢してもいいんですよ。絶対にばれない仕組みになってますので安心してください」

「はい、今度してみようかしら」

「ぜひぜひ。でも一つだけ、注意点があります」

「なんでしようか」

「自分から夢を買ったことを誰かに言うことは、禁止です。叶えた夢を自慢するのはいいですが、どこかで買ったことを言うのはダメです」

「どうしてですか?」

 それは少し意外だった。

 商売としているなら、人気が出たほうが良さそうに思う。

 今じゃあSNSで宣伝するのは当たり前になってきている。

「夢は、基本自分で叶えるべきものだからです。買えるとわかれば、みんな努力しなくなりますよね。それじゃあ夢の総数が減り、困りますから」

 未来さんはすごく真面目な顔でそう言った。

夢って複雑にできているのかなと思った。

 複雑なことは苦手だ。

 そして、未来さんは何物なんだろう。

 夢の売買なんて、人間ができることでないことはわかる。

 姿形は人間と全く同じだ。普通に町中にいてもひと目でわかるなにかがあるわけでもない。

 しかし、人間でないとしたら、何物なんだろうか。

 さすがに、本人に聞くことはできない。 

 それにややこしいことを言って、夢の取引を一方的にやめられたら困る。

 明らかに、未来さんの方が私より優位にいるのだから。

「わかりました。あっ、それで今日は『将来の夢』を買いに来ました。ありますか」

「また素敵なものをお求めですね。こちらは、おすすめですよ」

 将来の夢と言っても人それぞれで、たくさんの将来の夢が目の前に並んでいる。

「どんな将来の夢ですか」

「これは、子供の頃に小学校の先生になりたいと夢見て、実際に叶えた人の夢です」

「それ、ください。そういうのがほしかったんです」

「対価が少し高いのですが、大丈夫ですか」

「いくらですか」

「寿命十五年分です」

「大丈夫です。それを今すぐください」

 悩まないのが私のいいところだ。

「そんなに焦らなくてもなかなかなくなりませんよ」

 未来さんは少し笑っていた。

「いや、つい、気持ちが先走ってしまって…」

 私は恥ずかしくなって顔が赤くなる。

「お買い上げありがとうございます」

 未来さんはすぐにまた手続きとやらを始めた。

 私はまた一つ、夢を叶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る