六章 「夢の対価は?」

「夢をお売り頂いて、ありがとうございます」

 僕が話し終えると、未来さんはそう言って頭を下げた。

 今更ながら、丁寧な子だなと感心が持てた。

「本当に、これだけでいいんですか? 話しただけですよ?」

 僕はこんなことで夢が売れるのかとまだ半信半疑だった。

 元々不思議な力などは信じる方ではない。

「はい、それで大丈夫です」

 そう言って、未来さんは再び話し始めた。

「それでは対価をお支払いします。今回の夢の場合、現金1億円です」

 突然黒いアタッシュケースを目の前に差し出された。

「1億円? そんなにもらえるんですか??」

 未来さんと出会ってから、不思議なことだらけだ。

 今更どんなことが起きても、驚かないと思っていた。

 でも、この破格の対価に、僕はやはり驚かずにはいられなかった。

「この夢には、相応の価値があります」

 未来さんはゆっくりそう話し始めた。

「相応の価値?」

「そうです。誰もが憧れるものです」

「そんなものですか」

 僕は今ひとつ実感がわかなかった。

 今思えば、一番になったからと言って何も認められなかった。

 僕のほしい言葉をくれなかった。

「この夢を買いたいと願う人が世の中にどれだけいると思いますか? なんたって文武両立の極みですよ」

「えっ、夢を売るだけでなく、『夢を買う』こともできるんですか?」

 僕は未来さんの発言に鼓動が早くなった。そんな話は聞いていない。

「あっ、はい。それはまだ言ってなかったですね」

 未来さんは少し申し訳なそうにしていた。

「へぇー、そうなんですね」

 関心はなかったけど、説明がなかったことに少し慌てた。

「早坂さんは買われないと思い、説明を省略しました。出過ぎたマネでしたか?」

 確かに僕は夢を捨てたいと思ってる。

 だから、夢は買うなんて選択肢はありえない。

 でも、未来さんはどこまで僕のことを知っているのだろうか。

 まあ、それはどうでもいいかと思った。

 物事をそんなに深く僕は考えないタイプだ。

「いや、それでいいですよ。確かにどんな条件でも買おうとは思いません。わざわざ配慮してくれてありがとうございます」

「お気を悪くされず、よかったです」

 未来さんは僕の表情を見て、ほっとしていた。案外人間らしいところが未来さんにはある。

 僕がアタッシュケースに目を向けた時、未来さんは真剣な表情でこう言った。

「対価を受け取られた瞬間に、今話して頂いた夢の記憶もすべてなくなります。本当に、よろしいですね?」

「はい。問題ないです」

 僕にとって先程の夢は、一つのエピソードであったし、何ら思い入れもなかった。

 だから、僕は躊躇わずアタッシュケースに手をつけた。

 その瞬間、僕の中から何かが抜け取られる感覚を味わった。

 でもそれが何かはもうわからなかった。

 頭の奥のほうで、痛みを少し感じた。

「またのご利用お待ちしてます」と未来さんはお辞儀をして店の奥に帰っていった。

 

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