おもひでの村
平中なごん
一 あるはずの村
「――おお、出たな。こりゃすごい……」
鬱蒼とした森の中をようやくにして抜け出ると、額に噴いた汗を拭いながらディレクターが感嘆の言葉を口にする。
もくもくと白い入道雲が浮かぶ青空の下、山深い森にぽっかりと開けたその広い空間には、一面、青々とした夏草が生い茂ってはいるが、かつては道や田畑であったと想像できる区画が今なお充分に残っている。
また、その夏草の間には所々家の残骸も残っており、風雨に朽ちて苔生した瓦屋根に圧し潰されたものがほとんどではあるが、中には辛うじて当時の姿を留めているものもある。
「じゃ、とりあえず全体の様子見がてらドローン飛ばして俯瞰撮っておくか」
「あ、はい! いま、用意します」
同行のディレクターの言葉に、呆然とその景色を眺めていた僕は、急いでリュックを下ろして撮影の準備を始めた。
とあるテレビ制作会社でカメラマンをしている僕は、現在、『ぽかんと一廃村』という番組の撮影で、今は放置された山道の草木を掻き分けて森を突き進み、日本某所の山奥にある廃村へやって来ている。
この番組は、今でも往時の様子がわかる廃村を衛星写真で探し、実際にそこを訪れてみる……という、まあ、似たような番組を多少パクった感の否めない二番煎じなのではあるが、世の中には少なからず廃墟マニアと呼ばれる類の人々も存在するため、意外と視聴率のとれている隠れた人気番組だったりもする。
中でも今回の現場はかなり視聴率が期待できる、今まででも一、二を争う逸材といえるだろう。
毎度、撮影に行く前に地元の役所へ寄って、そこがどういう村だったのかを下調べするのであるが、今回は少々、いつもと状況が異なっていた……。
廃村のある場所自体は役所の所有する公共地だとわかったのだが、過去の史料を辿ってみても、そんな村は
そこで、地元博物館の歴史担当学芸員にも相談してもらったが、けっきょくのところ、その正体はわからず、おそらくは近くに修験道の聖地とされる山があるので、そこに関連した山伏の宿坊か何かがあった集落であり、近代以降の役所の台帳にも載っていないところからすると、明治期の神仏分離や廃仏毀釈の混乱で放棄されたのではないだろうか? という仮説どまりに終わった。
ちなみに、その修験道の中心となっている地元寺院へも問い合わせてみたのだが、やはり知らないという答えしか得られていない。
だから、今日のこの撮影で正体がわかるかもしれないと、役所の担当者や学芸員も興味深々な様子であったが、無論、この〝謎の村〟というシチュエーションは視聴者の好奇心も多分に刺激するに違いない。
また、もし本当に明治期の村落跡だった場合、貴重な文化財に当たるかもしれないので改めて調査に入ると役所サイドは言っていたが、そんなことになったとしたらまさに大発見だ。
テレビ番組が未確認の近代遺跡を発見……そんなセンセーショナルなニュースを流してくれれば宣伝効果は抜群、番組としては大成功である。
「うーん……見た感じはごくごくありふれた廃村ってとこだな。百年以上前のものにしてはよく残ってると思うが……」
そうした皮算用の期待を胸に、ドローンを飛ばして上空からの撮影を始めると、モニターを見たディレクターが肩透かしを食らったかのように感想を口にする。
「ええ。そうですね。明治期の廃村も、これまでの昭和のものとあんまり変わり映えしないですね」
僕としても同意見だ。上から見ると、ここで横から見ているよりもいっそう残りのよいことがよくわかるのであるが、まあ、はっきり言ってそれだけのことだ。
それでも充分、テレビとして見映えはすると思うが、今まで撮影してきた廃村と似たり通ったり…というか、最早、前に見たことあるようにさえ感じてきてしまう。マンネリは、番組の視聴率維持にとって天敵だ。
「ともかく全体の
そういうディレクターの言葉を合図に、ドローンでの撮影を終えた僕らは村内を歩いて回ることにした。
夏草が生い茂ってはいるものの、幸いさほど背は高くないため、
他には誰もいない、廃墟ばかりの山奥にディレクターと僕の二人きり……だが、濃密な草の臭いが鼻を突く真夏の真昼間ということもあるし、こういう場所へはもう
「ほんとに明治期のものなのかなあ? まあ、朽ちてるっちゃあ朽ちてるし、昭和っぽいものはなんも見当たらないけど……」
「そうですねえ。災害とかに遭わない限り、百年以上経ってても、案外、これくらいのものなのかもしれませんよ?」
ミンミンとうるさくセミの鳴き声が木霊する中、倒壊した家々を見て回りながら、僕はディレクターとそんな言葉を交わす。
僕ら素人が見ただけではなんとも判断はつかなかったが、家の残骸はどれも瓦屋根や茅葺屋根の純和風の建築物ばかりで、洋風な建物はおろか、トタン屋根のようなものも一切見当たらない。電柱も立っていた様子はないし、明治期の村といわれれば確かにそんなような風にも見えてくる。
しかし、それほど古い時代のもののわりに、この廃村に漂っている雰囲気は平成生まれの僕にしてもなんともノスタルジーを感じてしまうというか、なぜだかとても懐かしいような気がする。
まあ、典型的な日本の田舎って感じだし、僕も日本人の一人として、そうしたものには理由もなく、無性に懐かしさを感じるだけのことなのかもしれない。
「あの一段高い所は神社かお寺だな。保存状態も良さそうだし、もしかしたら中も撮れるかもしれない。行ってみよう」
そんなキュンと胸を締め付けるような、なんともいえない感情に捉われていた僕に、小高い丘のようになっている場所を指さしてディレクターが言う。
「あ、はい!」
すでに歩き出している彼の跡を追い、我に返った僕もそちらへと向かった。
その丘には石の階段があり、でこぼこに波打ったり、隙間から草が生えていたりはするのだが、今でも登るのに支障はない。
僕らはそれを注意深くゆっくりと登ると、その上にある境内と思しき場所へ足を踏み入れた。
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