第4話 声

ーようけん一件です。再生しますー


ほぼ毎日、その声は録音されていた。

寝室のベッドの側のアロマキャンドルの炎が、バニラの甘い香りを漂わせながら揺れている。

かなでと矢島はぴったりとからだを寄り添わせ、互いの温もりを感じていた。


『翔太。ママにも新しいおともだちできたんだよ。おんなじ部屋のおばあちゃん。プリンが大好きなんだって。翔太もおともだちできたかな?』


矢島がかなでに言った。


「うわあ。ホントそっくり」


かなでも驚いた。

その声は自分と似ていた。イントネーションとプレスの箇所を除いて。


『翔太。雨はイヤだよ~。パパはちゃんとお洗濯してるかな? 翔太が見てあげてね。そうそう、来週ね、先生が帰っていいよーって許してくれたからママ嬉しくてぴょんぴょんしちゃった。また翔太とパパとくっつき仮面したいな~』


矢島は笑って。


「くっつき仮面?」


と言って、かなでのからだの上に覆い被さって全体重をかけた。

かなでは矢島の腹をくすぐった。

ふたりで寝室でふざけるのが久しぶりで、照れ臭い気持ちと嬉しい感情が交錯している。

それは矢島も同じだった。


『翔太。温泉気持ちよかったね~。ママね、その時の写真飾ってるんだ。そしたらおばあちゃんがね、翔太の顔見てイケメンだね~だって。翔太イケメンなんだよ。あははー。あ、正博さん! 聴いてる? 腕時計忘れてったわよ。もお~』


矢島とかなでは『正博さん』と言う言葉に顔を見合わせた。

キャンドルの炎はかわいらしく揺れている。


『ママね、今日はたくさんおクスリ飲んじゃって、すごく眠たくなっちゃった。翔太。むしばくんいるんだって? はみがきやらなきゃだめだよ』


日毎に弱々しくなる声に、かなではノートパソコンからUSBメモリを引き抜いた。

これ以上聴き続ける心構えが出来ていなかった。

天井にふたりの影が揺らめいている。

かなでは呟いた。


「あたしに出来るかなあ」


「かなでにしか出来ないよ」


矢島の言葉が胸に刺さる。

この役は、確かにあたしにしか出来ないー。


「かなで」


「ん?」


「協力するからさ、やるだけやってみよ」


矢島の役者魂はまだまだ健在だった。

ー役に成り切るー

その稽古に付き合うと自ら申し出た。かなでは矢島の気持ちは有り難かったが、ひとつだけ気になる部分があった。

心の中でそっと呟いてみる。


『成り切るねえ、、、』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る