9F 四つの歯車 4
「ソレガシ変にパターン化してきてるよっ。あられくんとは合うからね、二:二で動きを差別化できるし、その独特のリズムと間はそのままでいい。ただキチッとし過ぎ、一回のダンスの中で試行錯誤してるのは分かるけど悩むと同じ技しか出してない。お分かり?」
「うすっ、さーせんクララ様ッ」
「あられくんステップ刻むの気にし過ぎっ。常に素早く足捌いてなくてもいいからッ、後時折音楽の流れぶった切るレベルで強く足落とす癖あれ止めて、その所為で全体のバランスが大きく崩れてる。OK?」
「あすっ、すいませんクララ様ッ」
「レンレンは……蹴り上げもっと鋭くできる?」
「んっ、おけ」
ギャル氏めッ、無意識にセーブ掛けてキックサボってるなあの野郎ッ。
汗を吸い込み重くなった口元のマスクを毟るように外して呼吸を整える。四人一通り踊って小休憩。
ギャル氏に目を向ければ顔を背けられる。昨日ギャル氏の家の道場で別れてから何処かつんけんしてやがる。クララ様に目を向ければ腕を組んで椅子に座り、組んだ腕の二の腕を指で叩き何やらリズムを刻んでいる。練習時間中は鉄仮面を脱ごうともしない。なに考えてるのかさっぱり分からん。
「
「ありがと、私は大丈夫、イオン水持参してるから」
「……何それ不味そうですぞ」
「ただの水だけどなんか文句あるの?」
……ないっす。目が怖いんだからもうっ。
「ソレガシ、あーしポカリね」
「
「あ? なんか文句あんの?」
……ないっす。足を振るんじゃない足をっ。おっかねえ。
「はい一五〇円よろー」と穴の空いてる銀貨と空いてない銀貨二枚をギャル氏に投げ渡され、
放課後の学校に居座るなど、これまで部活動などした事がない為見える景色の違いが少し珍しい。窓の外に目を向ければ、校庭でサッカー部が忙しなく走り回っている。そういった部活動の空気に混じる事はないと思っていたのだが、一度混じれば何という事はない。
「
「却下。行っても意味ないですぞ」
「俺にとっては深く大きな意味があるっ!」
「会話にもならないと断言しましょう」
いやマジで。絵を描く事に集中しだしたずみー氏と会話をする事は不可能だ。スケッチ中ならまだしも、キャンバスと向き合うと時間の概念さえ消失するらしい。事実今日は朝から教室に居らず、昼休みに美術準備室に立ち寄ってみれば中にいた。曰く朝から篭っていたと。そんな一言と共に会話は終了した。
「愛の力さえあればきっと振り向いてくれるさ!」
「その気概はいいと思いますけどな。あれですぞ。夢中と熱中の違いとでも言いますか、絵を描くずみー氏の熱に勝るのは難しいでしょうな」
「熱く冷めたこと言うな……まぁ分からなくはないけどね」
「なにがですかな?」
首の骨を鳴らして伸びをするグレー氏に合わせて、耳元で
「
おい
会話の内容からいって、ダンス部の他の部員が自販機に飲み物でも買いに来たのか。何たるバッドタイミング。げっそりと口端を落とし階段先の壁に背を付け待つ。流石にこのタイミングで自販機に突撃する勇気はなく、グレー氏も
「どうせ勝てないのにねー。勝敗の判定するのダンス部員なんだから勝てるわけないし。勝ったら奇跡だっつーの。諦め悪過ぎでしょマジウザい。読モ様はそんなに偉いのかってー」
「しかも人数結局足りなくてソレガシ入れたらしいし、そもそも勝つ気ないっしょ」
「ソレガシとかっ、ウケるッ! あれ踊れないでしょ! 教室の隅で座ってるところしか見たことないんだけど!」
おい馬鹿やめろッ。今その教室の隅で座ってるばかりの男が近くに居るんだよ。盗み聞く気はないが声がデカ過ぎるだろ常考。
笑い声が遠去かって行き肩を大きく落とす。クララ様の文句を言う時よりも
無意識に親指の爪を噛み頭を回している事に気付き、口元から親指の爪を外す。
別に暴力で叩き潰す訳でもなし、ダンスで勝てばそれでいい。相手のダンスの技量なんて知ったところで心が折れそうになるだけかもしれないし、買収などの謀略などもしたくはない。クララ様の言う本気でやれとはそういう意味ではないだろう。
だが、どうにも自販機へと足が動かせず、壁を背に突っ立っていると横から聞こえて来る小さな笑い声。グレー氏が笑っている。なんでや。笑う要素どこかにあった? 怖いんだけど。
「勝てない勝負だとさ、少しぞっとした。いやいや悪くないや」
「えぇぇ……マジかマゾヒスト殿」
「そうか? 背筋が痺れて体が凍るような感覚好きなんだよ俺。ダンスの時も時たまそれ感じて足強く踏んじゃうんだけどさ。志津栗さんはお気に召さないみたいだけど……そっか勝てない勝負か。思ったより楽しめそうだわ」
「負け戦大好きとか言って死ぬタイプですなお主」
「ソレガシはやる気失せちゃったか?」
グレー氏に顔を向けられ鼻で笑う。勝負に勝とうが負けようが、まだ始まってもいないうちに消え去るやる気など存在しない。何よりずみー氏に『絶対』勝つと約束した。誓った『絶対』は違えない。
「まさか。不可能を塗り替えるのが楽しいんですよ。例え望む勝ちが得られずとも、何かには勝って見せましょうとも。聞きましたでしょうグレー氏も。
「ははっ、言うねお前、気に入ったよマジでさ。俺も逆にやる気出たわ。久々にぞっとなれそうだし、相手をもっとぞっとさせてやろうぜ!」
「ただその為には」
「おう練習時間が足りないわな」
グレー氏もそこに行き着くか。何にせよ時間が足りない。放課後の時間だけでは詰め切れない。この短時間で技を全て覚え切るのがそもそも不可能な以上、基本を中心に各々の個性、持ち味を交えて磨き上げる以外にない。
放課後だけでなく、朝、昼、放課後。
「変わってますなお主」
「はっ! ソレガシにだけは言われたくないな!」
「クララ様、グレー氏と話し合ったんですけどな。練習時間を増やそうかと。学校のある明日最終日は朝と昼も。
「え? いやっ、それは、いいけど…………なんでそこまでっ」
「問題は練習場所なんだよなー。
「……あーしの家で合宿すればいいじゃん。泊まれた方が時間取れるっしょ? あーしの家ママのやってる道場あんから」
ギャル氏の言葉に慌てて顔を向ける。空手バレるの嫌だったんじゃないのか? 目を激しく
「アンタは変わらないんでしょ? 忘れんなし」
引き戻されたギャル氏の顔は澄まされたもので、
「ははっ! 予定決まったんならやるかソレガシ! 勝利を目指そうぜ!」
「無論。そう言ってますぞさっきから」
「んじゃやろっか。あーしもすっきりしたしテン上がってきた!」
笑顔が三つ描かれるが、鉄仮面の表情は変わらない。その歯車の噛み合わなさが少し気に掛かったが、決戦日までの道は決まった。
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