9F 四つの歯車 4

「ソレガシ変にパターン化してきてるよっ。あられくんとは合うからね、二:二で動きを差別化できるし、その独特のリズムと間はそのままでいい。ただキチッとし過ぎ、一回のダンスの中で試行錯誤してるのは分かるけど悩むと同じ技しか出してない。お分かり?」

「うすっ、さーせんクララ様ッ」

「あられくんステップ刻むの気にし過ぎっ。常に素早く足捌いてなくてもいいからッ、後時折音楽の流れぶった切るレベルで強く足落とす癖あれ止めて、その所為で全体のバランスが大きく崩れてる。OK?」

「あすっ、すいませんクララ様ッ」

「レンレンは……蹴り上げもっと鋭くできる?」

「んっ、おけ」


 ギャル氏めッ、無意識にセーブ掛けてキックサボってるなあの野郎ッ。それがしは気にしないが、他でもなく一番気にしているのはギャル氏自身。そりゃあまぁ本気で蹴りを放てば空気が弾けるレベルなのでヤバい訳であるが。


 それがしとギャル氏がダンス部に一時的に入部してから三日目。四人揃って二日目。相変わらず個人練習メインである。四人で踊る際の振り付けはどうなってるのか知らないが、明後日からGWゴールデンウィーク、もう一週間後には対抗戦だ。流石に五分で振り付け覚えろと言われても無理である。


 汗を吸い込み重くなった口元のマスクを毟るように外して呼吸を整える。四人一通り踊って小休憩。


 ギャル氏に目を向ければ顔を背けられる。昨日ギャル氏の家の道場で別れてから何処かつんけんしてやがる。クララ様に目を向ければ腕を組んで椅子に座り、組んだ腕の二の腕を指で叩き何やらリズムを刻んでいる。練習時間中は鉄仮面を脱ごうともしない。なに考えてるのかさっぱり分からん。


志津栗しずくりさん、俺ちょっと下の自販で飲み物買って来るわ。何かいる?」

「ありがと、私は大丈夫、イオン水持参してるから」

「……何それ不味そうですぞ」

「ただの水だけどなんか文句あるの?」


 ……ないっす。目が怖いんだからもうっ。


「ソレガシ、あーしポカリね」

それがしに言う意味。あのですなギャル氏、それがしはギャル氏の召使いでは」

「あ? なんか文句あんの?」


 ……ないっす。足を振るんじゃない足をっ。おっかねえ。


 「はい一五〇円よろー」と穴の空いてる銀貨と空いてない銀貨二枚をギャル氏に投げ渡され、なぐさめとばかりにグレー氏に肩を叩かれた。ため息まじりに立ち上がり、グレー氏と二人昇降口にある自販機を目指して足を動かす。


 放課後の学校に居座るなど、これまで部活動などした事がない為見える景色の違いが少し珍しい。窓の外に目を向ければ、校庭でサッカー部が忙しなく走り回っている。そういった部活動の空気に混じる事はないと思っていたのだが、一度混じれば何という事はない。


兄弟ブラザー、ちょっと美術室覗きに行こうぜ!」

「却下。行っても意味ないですぞ」

「俺にとっては深く大きな意味があるっ!」

「会話にもならないと断言しましょう」


 いやマジで。絵を描く事に集中しだしたずみー氏と会話をする事は不可能だ。スケッチ中ならまだしも、キャンバスと向き合うと時間の概念さえ消失するらしい。事実今日は朝から教室に居らず、昼休みに美術準備室に立ち寄ってみれば中にいた。曰く朝から篭っていたと。そんな一言と共に会話は終了した。


「愛の力さえあればきっと振り向いてくれるさ!」

「その気概はいいと思いますけどな。あれですぞ。夢中と熱中の違いとでも言いますか、絵を描くずみー氏の熱に勝るのは難しいでしょうな」

「熱く冷めたこと言うな……まぁ分からなくはないけどね」

「なにがですかな?」


 首の骨を鳴らして伸びをするグレー氏に合わせて、耳元で鎖樋くさりどいのように連なっているリングピアスがカチカチ音を響かせる。口を開いたグレー氏はそのまま眉をひそめて足を止め、それがしにも口を閉じろと人差し指を立てた手を掲げた。首を傾げていれば、階段を降りたところで廊下から流れて来る女子生徒の声。


志津栗しずくりとかなに必死なのって感じ。クラスでも目立ってるからって調子乗ってね? メンバー集めるとか言って人の良い梅園うめぞのさんや葡萄原ぶどうはらくんまで巻き込むとか最低じゃん」


 おいそれがしが入ってねえぞ。


 会話の内容からいって、ダンス部の他の部員が自販機に飲み物でも買いに来たのか。何たるバッドタイミング。げっそりと口端を落とし階段先の壁に背を付け待つ。流石にこのタイミングで自販機に突撃する勇気はなく、グレー氏もそれがしの隣で壁に背を預けた。


「どうせ勝てないのにねー。勝敗の判定するのダンス部員なんだから勝てるわけないし。勝ったら奇跡だっつーの。諦め悪過ぎでしょマジウザい。読モ様はそんなに偉いのかってー」

「しかも人数結局足りなくてソレガシ入れたらしいし、そもそも勝つ気ないっしょ」

「ソレガシとかっ、ウケるッ! あれ踊れないでしょ! 教室の隅で座ってるところしか見たことないんだけど!」


 おい馬鹿やめろッ。今その教室の隅で座ってるばかりの男が近くに居るんだよ。盗み聞く気はないが声がデカ過ぎるだろ常考。それがしにだって人の心はあるんですよ?


 笑い声が遠去かって行き肩を大きく落とす。クララ様の文句を言う時よりもそれがしを馬鹿にする時の方が声が大きいってどうよ? 慈悲の心は欠片もないらしい。しかも負け確の勝負とは草しか生えない。クララ様は敢えて教えてくれないのか、ギャル氏から詳細な情報を得るのはまず無理だ。


 無意識に親指の爪を噛み頭を回している事に気付き、口元から親指の爪を外す。


 別に暴力で叩き潰す訳でもなし、ダンスで勝てばそれでいい。相手のダンスの技量なんて知ったところで心が折れそうになるだけかもしれないし、買収などの謀略などもしたくはない。クララ様の言う本気でやれとはそういう意味ではないだろう。


 だが、どうにも自販機へと足が動かせず、壁を背に突っ立っていると横から聞こえて来る小さな笑い声。グレー氏が笑っている。なんでや。笑う要素どこかにあった? 怖いんだけど。


「勝てない勝負だとさ、少しぞっとした。いやいや悪くないや」

「えぇぇ……マジかマゾヒスト殿」

「そうか? 背筋が痺れて体が凍るような感覚好きなんだよ俺。ダンスの時も時たまそれ感じて足強く踏んじゃうんだけどさ。志津栗さんはお気に召さないみたいだけど……そっか勝てない勝負か。思ったより楽しめそうだわ」

「負け戦大好きとか言って死ぬタイプですなお主」

「ソレガシはやる気失せちゃったか?」


 グレー氏に顔を向けられ鼻で笑う。勝負に勝とうが負けようが、まだ始まってもいないうちに消え去るやる気など存在しない。何よりずみー氏に『絶対』勝つと約束した。誓った『絶対』は違えない。


「まさか。不可能を塗り替えるのが楽しいんですよ。例え望む勝ちが得られずとも、何かには勝って見せましょうとも。聞きましたでしょうグレー氏も。それがしが一番舐められているらしい。取り敢えず一勝は確実ですぞ」

「ははっ、言うねお前、気に入ったよマジでさ。俺も逆にやる気出たわ。久々にぞっとなれそうだし、相手をもっとぞっとさせてやろうぜ!」

「ただその為には」

「おう練習時間が足りないわな」


 グレー氏もそこに行き着くか。何にせよ時間が足りない。放課後の時間だけでは詰め切れない。この短時間で技を全て覚え切るのがそもそも不可能な以上、基本を中心に各々の個性、持ち味を交えて磨き上げる以外にない。


 放課後だけでなく、朝、昼、放課後。GWゴールデンウィークに入ってからは、最終日まで連日ぶっ続けでやるしかないだろう。グレー氏の口からそれが出たという事は、GWゴールデンウィークの予定全て投げ捨て削る気だ。


「変わってますなお主」

「はっ! ソレガシにだけは言われたくないな!」


 それがしが巻き込んだだけなのに、そこまで魅せられてはそれがしも黙っていられない。自販機で飲み物を買い(十円足りなかったぞギャル氏めッ)、速攻で三階の廊下へと戻る。ギャル氏へとポカリを投げ渡し、クララ様に迷わず告げる。


「クララ様、グレー氏と話し合ったんですけどな。練習時間を増やそうかと。学校のある明日最終日は朝と昼も。GWゴールデンウィークは最終日まで連日で」

「え? いやっ、それは、いいけど…………なんでそこまでっ」

「問題は練習場所なんだよなー。GWゴールデンウィーク毎日学校に来るか? 俺はそれでもいいけどさ」

「……あーしの家で合宿すればいいじゃん。泊まれた方が時間取れるっしょ? あーしの家ママのやってる道場あんから」


 ギャル氏の言葉に慌てて顔を向ける。空手バレるの嫌だったんじゃないのか? 目を激しくまたたそれがしに素早くギャル氏が身を寄せて来る。ポカリを買うのに足りなかった十円をそれがしの手に握らせながら顔の横でギャル氏の唇が動いた。


「アンタは変わらないんでしょ? 忘れんなし」


 引き戻されたギャル氏の顔は澄まされたもので、それがしの首筋に冷や汗が伝う。何か押しちゃいけないスイッチとかそれがし押し込んだりした? だが、ギャル氏が吹っ切れたとしたならば、この提案はありがたい。今は時間の確保が最優先だ。


「ははっ! 予定決まったんならやるかソレガシ! 勝利を目指そうぜ!」

「無論。そう言ってますぞさっきから」

「んじゃやろっか。あーしもすっきりしたしテン上がってきた!」


 笑顔が三つ描かれるが、鉄仮面の表情は変わらない。その歯車の噛み合わなさが少し気に掛かったが、決戦日までの道は決まった。

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