10F 四つの歯車 5
床の上に開き置いているノートに目を落とす。異世界の情報塗れだったノートが、今や
朝練と昼休みの練習を終えて四度目の放課後。体を動かせる時間はあっという間に過ぎてゆくが、授業時間を生贄に捧げれば考える時間だけは確保できる。その結果
考えるな、感じろなどと何処ぞのムービースターの言葉を連日聞かされて来たが、
だからこそ、思考のテンションと流れる音楽のテンションを噛み合わせる。無心で踊れるのが最高なのかもしれないが、頭を回し続けて踊る者がいてもいいはずだ。
思慮と理性に
グレー氏もギャル氏も己が動きの元を決めた様子。ギャル氏の蹴りは鋭さを増し、グレー氏のステップを踏む足の強さは増すばかり。
そんな中でクララ様はと言うと、簡単に説明できない事が特徴とも言われるヒップホップの担当らしく、一番踊りが上手いと見えるのに色が見えない。被る姿なき鉄仮面同様に動きの表情がまるで見えない。
椅子に踏ん反り返っているクララ様を見上げるが、練習時間中は変化せぬ無表情。始まる前こそ「あられくん今日もよろしくねー!」と嬉しそうな感じだが。だからこそ気になる事を告げる。
「クララ様、一つ聞きたい事があるのですが」
「はぁ、なに?」
「四人で踊る曲と振り付けは決まりましたかな?」
個々での特色が見えて来たのに加え、明日からは
落とされる冷めた青い瞳から目を逸らさずに見つめ続ければ、クララ様は小さな吐息を零す。
「決めたけどそれが?」
じゃあ教えろや‼︎ 時間がないんですよ時間がッ‼︎
淡々と紡がれる言葉に眉を
「きみの音聞いて決めたよ。きみの音聞いて踊るあられくん見てね。二人とも流行りの曲じゃ踊りづらそうだから、とっておきのを用意したから。三味線の演奏で有名な曲。ソレガシも知ってるんじゃない? 聞けば嫌でも走り出したくなるよ。地平線の向こうまで」
「ま、まさかっ……津軽じょんがら節かッ⁉︎」
ハッ、と目を見開き思わず口元の黒マスクを引き下げ親指の爪を噛む。
津軽じょんがら節。
津軽五代民謡の一つにして、津軽民謡の代名詞。三味線と聞けば多くの者が思い浮かべるだろう津軽三味線の中でも一番有名な曲である。十人十色。奏者によって顔色を変える難曲も難曲。あらゆる三味線の技が内包されており、繰り出される技巧的な速弾き。クララ様め、サディストにも程があるッ。
ただでさえ奏者次第で顔色を変える曲をダンス曲に選ぶなど常軌を逸している。
ギリギリ親指を噛む
「まったくきみは……なにそれ?」
「違うのかぁいッ⁉︎ 紛らわしいですなボケッ!」
「は? 早とちりしたのきみじゃないの? 私に落ち度があるのかな?」
「ファッ⁉︎ 痛い痛いッ⁉︎ 踏むの禁止! 踏むの禁止ですぞ⁉︎ ドンタッチミーッ⁉︎」
「そんな芋っぽいの選ぶわけないでしょうが。なにじょんがら節って」
「今お主は全世界の三味線奏者を敵に回しましたぞッ」
言うに事欠いて芋っぽいとかッ。
唸る
ダンッダンッダンッ‼︎
少しして響く津軽三味線の音色。それを追うように始まるギターの音。紡がれる歌は英語。伝統混じった和洋折衷の楽曲のリズムを聴いて口元から親指を離し指を擦り合わせる。
「二〇〇七年にリリースされたこの曲が私達の勝負曲。お分かり?」
「……振り付けは足捌きメインですかな?」
「鋭いよきみ。そう、ゆったりとした動きじゃサビの三味線の速弾きにまるっと喰われる。しかもはっきり言って私達四人の踊りのスタンスの色が違い過ぎて混じりそうもない。全員に『見せ場』を作る必要がある。じゃないと埋もれるからね。難易度高いよはっきり言って。無理なら言って」
「始めてもいないのにですかな?」
グレー氏とギャル氏と顔を見合わせて肩を
「一度私の全力見せてあげるから。目を逸らしたら眉毛毟るよ」
「……クララ様って拷問好き?」
数歩で音の上に乗る。床の上から音の上へ。鉄仮面の表情変わらず当たり前であると言うように。
ゆらりっ、柔らかく音の上を滑りながら、ピシリっ、薄氷にヒビが走るかのように鋭く足がリズムを踏み潰す。
三味線の速弾きに負けぬ程に足先が小刻みに動いているにも関わらず、全体を見れば湖面に広がる波紋のように静かで激しい。
音楽の間を埋めるのは揺さぶられるクララ様の体。リズムを乗りこなし踏み鳴らす足。ダンスだけでなく音楽も聴かせるかのように振るわれる指揮棒のような腕。動きで音を拾い騎乗するダンスの女王。
笑えてくる。一人だけレベルが違う。繋がりを感じさせない細長く糸を張ったような動きでありながら、刹那を切り取っても絵になる針の穴に糸を通すかのような危うい線の上を迷わず走り抜けている。
曲の終わりに合わせて舞台演者のように一礼するクララ様に拍手を贈ろうにも手が動かず、感嘆の吐息だけが口から滑り出る。
「……で? 感想は?」
「ぞっとしたね」
「面白い。いとをかしですな」
「流石しずぽよって感じ? いい波乗ってんね!」
腕で緩く己を抱き、笑みを深めるグレー氏と、サムズアップして笑うギャル氏に、親指の爪を強く噛んだ笑う
レベルが違うだろう事は最初から分かっていた事。想像以上ではあったが、想像以下よりずっといい。そりゃ本気でやれって言われるわ。釣り合うかどうかは
釣り合わなければ悲惨で黒歴史直行間違いなしだが、釣り合ったならそれはとても面白い。きっと新しい何かが見れる。
「あのさぁソレガシ、できそうかできなさそうか聞いてるんだけど?」
なんで
「そりゃ無論できませんとも、クララ様に勝てる気がしない」
「……それなら」
「でもそれをやれとは言わぬでしょうクララ様は。ダンスは心の声の発露だとクララ様は言いましたぞ。
「俺に聞くなよソレガシ、分かるだろ? すげえ地団駄踏みてえ。ぞくぞくしたわ、あははっ! 俺には見えたぜ向かい合う相手の間抜け面がさ。氷像みたいに顔を固めてやるとしようぜ!」
「あーしは別に驚かないけど、しずぽよとドチャクソ踊りたくなっちゃった。バイブスやばたんピーナッツ!」
「あぁもう!なら立ってっ、ゴミ屑をリサイクルする時間だよ。きみら勝負の方が燃えるでしょ? 今日から連日ダンスバトルで私が矯正したげるよっ」
鉄仮面に僅かに亀裂でも走ったのか、小難しい顔のまま口元に微笑を浮かべて目尻を歪める。明日からは
だからせめてそれまでに一度、鉄仮面をカチ割ってやろう。その場のノリで乗り切るよりも、頭を回すのが
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