12F 評議会が来る 3

 なぁんでこうなったんでしょうねぇ?


「なに異界の出身だとな? それまた面妖な。おぉ我が鼓動が早鳴るぞ!くぅ心音に体が満たされる感覚はたまらんな!面白いわ!」

「チャロンマジ話分かんね!てゆうか髪まじふわふわみエグいんですけど!リンスなに使ってんし?」

「ぬわっ⁉︎ あの装飾品意匠エグたんだぜ⁉︎ ひゅーいい色使ってんねー! チャロチャロのそのドレスの刺繍なんてーの?」


 蒸気で動く動く床トラベレーターの上、小人族ドワーフの姫君、チャロ=ラビルシアにもの凄く軽いノリで絡んでいるギャル二人。おいやめろバカ、その人ガチのお姫様なんだぞ。周りの騎士達の冷たい目を見ろ。「はい斬首刑」とか言われたらマジで斬首刑になるんだぞ。冷や汗ダラダラの内心をぬぐえる物などありはせず、隣に立つブル氏も不機嫌に口端を歪めるだけで何も言ってはくれない。


 城塞都市トプロプリスの宮殿の中。何故こんなところに居るのか誰か説明して欲しい。ブル氏の家に居たら姫君がやって来て気付けば宮殿の中。そうとしか言いようがない。空気よりもノリの軽いギャル氏達を姫君が気に入ってくれたから良いものの、見てるこっちは時限爆弾を眺めてる気分だ。


 圧倒的場違い感よ。改造された学ランを纏うそれがし達と鋼鉄の宮殿との取り合いは決してベストマッチとは言えそうもない。動く床トラベレーターの両脇の壁に並ぶ絵画一つとっても、素人目に見ても高価そうな代物だと分かるくらいには気品が漂っている。


 楽しそうに談笑している姫君とギャル達はまだいい。その背後に立つ連日の見習い騎士の演習訓練でボロボロの改造学ランを着るそれがしと、ダボついた服を着るブル氏が一等酷い。傍目から見れば捕虜連れてるみたいに見えない?


「ほう、貴殿達は冒険者なのか? そして機械神の眷属のそちが傭兵団の頭脳だそうだなソレガシ。我が騎士と仲良くしてくれて嬉しく思うぞ。我が騎士は戦いの話ばかりで退屈だろう?」

「い、いやいや姫君、そんな事別にありませんぞ?」


 急に話し掛けてくんなビビる。不意打ち気味に話し掛けれら思わず声が裏返ってしまったが、不敬に思われていないだろうか。格好がもう敬意に欠けていると思うのだが。


 それがしの答えにチャロ様は目をまたたくと少しの間ブル氏を見上げ、唸りながらツルッとした顎を撫でる。考え込む時に多くの小人族ドワーフは髭を撫でる癖があるようなのだが、髭がなくてもその癖はなくならないらしい。


 だいたい傭兵団の頭脳ってなに? いつからそれがし達は傭兵団になったのか。それとも冒険者のパーティーを傭兵団と呼ぶ決まりでもあるのか。面倒事上早速ぶん投げてくれたらしいギャル氏達を睨めば、宮殿の装飾品達に目を泳がせるばかりでこっちを見てない。こっち見ろよ。


「何となく察していると思うがなソレガシ、我は今夜この後最高評議会が控えている。大変退屈な話し合いなの。父上から出ろと言われては断れないしね。そこで、傭兵団の貴殿らを雇うから護衛として出てくれないかしら? 勿論軽い軽食も出るわよ?」

「……はい?」


 ちょっと待った。時よ止まれ。今この姫君なんて言った? それがし達に最高評議会の護衛として参加しろって言った? 意味が分からない。


「宮殿の軽食⁉︎ 受ける受ける護衛受けちゃうって! 絶対映える写真撮れんから! 受ける一択以外ありえんてぃだし‼︎」

「はいギャル氏ちょっとお口チャック」

「はあ? んでよ?」

「寧ろ即決こそありえないだろ常考」


 ギャル氏の隣に立っているバイブス下げて目を細めているずみー氏を見習え。怪し過ぎてもう怪しくないところを探すのが難しい。今日出会ったばかりのそれがし達に最高評議会に護衛でもいいから出ろなどと正気ではない。事実それがしの隣に立つブル氏は大きな舌打ちをし、周囲の騎士達も少し騒ついている。


「……姫君の真意が見えませんな」

「必要かしら?」


 必要に決まってんだろ。『鉄神騎士団トイ=オーダー』がいるにも関わらず、護衛としてそれがし達を雇う必要性がそもそもない。同盟都市からの心象もよくないだろう。それでも尚本気でそれを口にしているという事は、姫君にとって何かしらのメリットがあるからに他ならないはずだ。それが全く分からない。


 眉間に深いしわを刻み、姫君の前であるにも関わらず親指の爪を噛み思考の海を漂うそれがしを、鋭い目尻を柔らかく曲げ、笑みを携えた姫君の顔が見上げてくる。隣から零される「悪い癖ですなぁ」と言うブル氏の呟きを拾い、姫君は笑みを深めた。


「我は賭け事が好きだ。背丈の割に大きな心の臓が脈打ち身の内を支配する所謂いわゆるスリルに目がない。勿論理由はあるわよ? より外から見た第三者の意見が欲しいというな。いつもの評議会の面々だけでは政治的な話だけで面白くないの。それにサレンから聞いたのだけれど、貴殿達は件の亡霊ハリエットを追っているのでしょう? なら怪しいと思っていても最高評議会に顔を出すメリットはあるはずよね? だから護衛は任せるけど、報酬はなし」

「依頼してくれんのに報酬なしってどゆこと?」


 この姫君性格悪いわ。此方のメリットを狙い撃ちしてきやがる。首を傾げるギャル氏とずみー氏に向かい合う。肩をすくめているあたり、ずみー氏は姫君の言うメリットを察している。一人疑問符に脳内を支配されているギャル氏の為に口を開く。


「ギャル氏、怪盗と呼ばれるからには予告状を出しているはずでしょう? 何を怪盗が狙うかはもう分かっていますが、問題は日付や日時。おそらくそれも予告状には記されているのでしょうが、新聞などに載っていなかったはずですよな?」

「それが?」

「最高評議会でその話もされるのでしょうよ。つまり、最高評議会に顔を出せれば、怪盗を捕まえる為の条件が完全に一つクリアされますぞ」


 「あっ」と口を開けて納得したようなギャル氏から視線を切る。誰も正体を知らない上に、いつ来るかも分からないとなれば打つ手はない。だが、少なくとも犯行時間を絞れれば備える事ができる。それを広く周知させていないのは、内部に怪盗がいると疑っているからなのかは定かでないが。


 本気で怪盗を捕まえるのなら、喉から手が出るほど欲しい情報の一つだ。その分護衛依頼の報酬金はなしで何らかの見返りを見越しての事なのだろうが。博打が好きと言うだけあって、うるわしい見掛けによらず腹黒い。


 そこまで口にされたのならふっ掛けるべきか? 姫君とはいえ仕事の依頼であるのならば多少の融通を利かせてはくれるはず。ギャル氏とずみー氏に目を流せば、ずみー氏が小さく頷いてくれるので姫君に目を戻す。ギャル氏は即決して受けると言っていたしいいだろ別に。


「……条件が一つ」

「怪盗が盗みに入ると指定した日も護衛に雇うと約束しようソレガシ。他にも多少の融通は利かせるぞ?」

「あっ、はい」


 姫君の小さな手のひらの上だわ。こっちの考え見透かされてるわ。日時を知っても怪盗が踏み入るのが宮殿内では手を出せそうもなく、犯行後宮殿を出るタイミングか、犯行前に動くしかなかったが、これで選択肢は広がった。「事後で悪いが後で依頼書を冒険者ギルドに送っておこう」と口にして前に向き直る姫君に、「姫様」と小人族ドワーフの騎士の一人が声を掛ける。


 姫君はまだしも騎士は反対らしい。そりゃそうだ。それがしだってそう思うもん。博打好きだとしても、外れると分かってる大穴狙いのようなものだ。だが、騎士からの注言だろう言葉を、聞き終らぬ内に姫君は余裕をもって笑みと共に返す。


「『鉄神騎士団トイ=オーダー』の名が泣くぞ? 彼らに文句があるなら都市一つ救ってみせよ。彼らなら父上も納得なされるだろう。例え辺境の都市であろうが我らが王都の属領でしょう? ソレガシ、これが貴殿らを雇うもう一つの理由だ。第三者を招こうにも、功績がない者は流石に入れられないからね」

「……『八界新聞』に感謝ですかな? 嫌いですけども」

「あらいいじゃない、英雄症候群かただのお節介か? どっちでも構わないけれど、ただ我らが王都の『塔』は壊さないで欲しいものね」


 あの糞みたいな記事が役立つ日がこようとは。一月前の事でそれがしもギャル氏も突然元の世界に戻った為か、ほとんど広まっていないらしいのに、王都の姫君だけあって見聞が広い。「英雄症候群?」と怪訝けげんな顔を向けて来るずみー氏から顔を背けた先、夕方から夜に足を踏み入れようと薄暗い空に、城塞都市の鋭い『塔』の影が浮かぶ。


「チャロ姫様の御到着です」


 動く床トラベレーターが終わりを迎え、大きな鉄扉の前で立っていた騎士がそう告げると同時に、見た目の重さをまるで感じさせず、するりと鉄扉は滑らかに開く。


 扉の先に待ち受けている重々しい眼光達に喉が鳴る。帰りたくなって来た。全員が中へと足を踏み入れると同時に鉄扉は有無を言わせず閉じてしまう。逃げ場はもうない。間を置かずして入場とか姫君最初からそのつもりだったなマジ勘弁。


 城塞都市トプロプリスの最高評議会が始まってしまう。始まって早々BANされないように神に祈ろう。あぁ…… それがしの契約神機械神だったわ……機械神じゃダメそう。オワタ。

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