8F 騎士の卵 4

 武器屋の狭間に伸びる路地の先、放り込まれた食事処『鋼鉄の胃袋』と看板を掲げた飯屋が何を出してくれるのかは不明だが、居心地が良いか悪いか問われれば良くはないとそれがしなら答える。


 周りから突き刺さる客達の視線。テーブルの上にはまだ何も並んでいないのに、青、赤、白と大変彩りのいい髪達が並んでいる。


 中でも一等目を惹くのはブル氏の巨躯。天井こそ高いものの座れる椅子が店内に存在しない為、床に直接腰を下ろし、家にいる時と同じく膝を折り畳み抱えるように座っている。将来腰をやったりしないか心配だ。


「あーしは梅園桜蓮うめぞのサレンでーす!今日は呼んでくれてありがとねソレガシのダチコ! 体も器も大きいし!」

「あちきは入柿いりがきすみかって〜の。被写体モデルとしては最高だぜあんた。流石同志、いい奴連れて来てくれたよ!」

「オレあブルヅ=バドルカットだ。ソレガシは意外と派手好きかぁ? 考え方も見た目によらず弾けてんが、趣味も見た目によらず弾けてんなぁ友よ」

「あぁ……そぅ」


 それがしの気など誰も気にしてくれず、周囲から突き立てられる視線を誰一人として気にも留めていない。それがしの目から見える世界と、彼らに見える世界には違いがあるのか、ただ間違い探しはしたくない。


 食事処『鋼鉄の胃袋』の中は外とは違い、静寂には支配されておらず、鉄製の二胡にこのような楽器を演奏している奏者がいるおかげで、沈黙が痛くはない。


 ただ奏者が下手っぴ過ぎる。アル中なのか知らないが、遠目からでも手が震えているのが分かる。鉄の震えに混ざる金切音のような雑音が気になって仕方ないのだが、気にしているのはそれがしだけらしい。それがしがおかしいの?


「んでぇ? ソレガシとはどこで知り合ったん? コイツトプロプリスここに着いてから毎日ボコボコになって帰って来るだけでなんも言わないし。ダルちぃに聞いてもはぐらかされるしさぁ。めんどくさーって」

機械人形ゴーレムの改造を武器屋に断られ続けてオレん家に転がり込んだ来たんだ。武器屋と勘違いしてなぁ」


 それだけ言ってブル氏は壁にある窓を細長い指先で僅かに押し開ける。下手くそな奏者の演奏を外へと逃す為……ではない。外から聞こえてくる金打ち音。その音色がブル氏はお気に入りだ。だから家の間口もブル氏の背丈以上に広い事をこの五日で知った。


 ダルちゃんと同じく核心は口にせずにはぐらかしてくれるブル氏に内心感謝しつつ、テーブルの上に唯一置かれているコップの水を一口舐めていると、着席と同時にブル氏が注文した料理を店員が持って来てくれる。


 テーブルの上に並ばれる鉄の器。赤っぽいスープと大量のパン。城塞都市の名物料理なのかは知らないが、『鋼鉄の胃袋』の名の通り、胃袋が鋼鉄でなければ食べられないようだと困る。ただ、料理よりも運んで来た店員の手が震えている事の方が気に掛かってしまう。


「仕事は何してんのー?」とブル氏に投げ掛けるギャル氏の声を聞いてコップを静かにテーブルに置いた。


「ブル氏は鍛治職人ですぞ」


 さらりと嘘を言う。首を傾げるずみー氏とギャル氏を余所に、見下ろしてくる灰色の瞳と向かい合う。


 武器屋でもないのに家の中で剣に囲まれ、何より戦いに詳し過ぎる男。予想はできている。それがしの目は少なくともただ節穴ではない。


 ブルヅ=バドルカットは、『鉄神騎士団トイ=オーダー』か、おそらくそれに近しい者。


 五日だ。それがしが『見習い騎士の演習訓練』の仕事を受けてからたったの五日で勝てずとも乗り切れるようになったのは、ブル氏からの助言と投げ掛けられる問い、その話し合いこそが、一気にそれがしの思考回路を戦場へと引き上げた。


 ブル氏にどういう思惑あっての事かは知らないが、それとなく察していながら、お互いその部分を話し合わないのをいい事に、経験者の言葉を甘受していた。今日のブル氏を見た住民の反応と店内の雰囲気からして、ブル氏が好かれているのかそうでないのかは定かでないが、おそらく後者。


 だから予想しているブル氏の職業を口にはしない。ブル氏も誤魔化してくれたのだ。ブル氏も口にしないだろう。ならそれで構わない。「小人族ドワーフ用の武器とか作れんのー?」と気の抜けたギャル氏の声が横合から投げられ、ブル氏は小さく口端を持ち上げた。


「見かけに寄らず器用なのさぁ……にしてもいい性格してんぜ友よ、強者はそうでなきゃあよぉ。差し出された御馳走を喰わねえ奴ぁ馬鹿だ。強くなりたきゃ我慢はよくねぇ。選んでん暇なんかあるかよなぁ?」

「お主には負けますぞ。平らげる時は一口でしょうに」

「諸々小せえのが悪い」


 鉄の器を摘み上げ、ブル氏は一口に中身を喉へと流し込む。ちりを吸い込むようにパンを口へと放り込む友人から目を外せば、目をまたたくギャル氏が視界に映り込む。


「なにソレガシ強くなりたいの? どうしたし急に。だから鬼デカいブルっちとダチコになったん?」


 ギャル氏から目を逸らし、パンを掴み千切ってスープに浸し口へと放り込む。城塞都市に来る前に、犬神の都市の冒険者ギルドで泣く程、ずみー氏の前で空手を披露するのは嫌だと零していた事を忘れたのか。そうだったとしてもわざわざ言いたくない。


 それに騎士かもしれないからブル氏と友人になった訳ではない。それは結果と過程が逆転している。口を引き結び開かぬそれがしにギャル氏は肩をすくめ、大きな顔が下され耳元で小さく響くのは友の声。


「そん姉ちゃんがソレガシの初めての友達かぁ? クカカッ」


 小声で零される笑い声に口端を苦くし、目の前に垂れる三つ編みを手で払う。これだからブル氏といる時にギャル氏に会いたくなかったのに。


「今のいいぜ、いい絵描けそう。同志今のもう一発頼むわ。次は脳に刷り込むからさ〜」


 巨人族コロッサス小人族ドワーフ混血ハーフへの三つ編みパンチがそれほど気に入ったのか、要らぬ催促をしてくるずみー氏に肩を落とせば、「あっ」と響く聞き馴れぬ声。


 レジの前で固まっている店員が視界の端に映り込む。振り上げられた腕はレジカウンターに天板に落とされ、重い打撃音が奏者の演奏の手を止めた。


「ッ、怪盗だ! 怪盗『亡霊ハリエット』が出やがったクソッ!」


 静寂に広がる店員の怒号に向けて一世に目が向き、残響に舌打ちが一つ混じる。


 野次馬根性が芽を出したのかレジに歩いて行くギャル氏を見送りつつ、それがしが目を向けるのは打たれた舌打ちの震源地。見上げれば眉間にしわを刻んでいる友人が。


 客達が口々に怪盗の通称を口遊み、途端に騒がしくなる店内の狂騒を聞き流しながら、スープにパンをひたしてまた一口。


「……ブル氏、よくあるんですかなこんなこと?」

「ここ最近はなぁ。あんま驚かねえなソレガシ?」

「怪盗『亡霊ハリエット』は『神石ブルトープ』を盗む者でしょう? こんな路地の先の飯屋のレジの金を盗むなど、模倣犯でしょうな」

「いい目の付け所だぜぇ。怪盗の手配書が出回ってから、ロド大陸の治安が落ちていけねえなぁ」

「ソレガシスゴくね! あーし怪盗の予告状とか初めて見たんだけど⁉︎」

「ここに持って来る意味」


 余程嬉しいのか、レジに置かれていたらしい紙をギャル氏は突き付けて来る。雑な筆跡で書かれた『亡霊ハリエット』の名前にウンザリと首を一度回した。世間で勝手に付けられた通称をわざわざ紙に書き残す怪盗ってなんだ? 随分と都合よく使われてこれでは怪盗の名前が寧ろ可哀想である。


「ギャル氏、それ怪盗違う。怪盗の名をかたったコソ泥ですぞ。そもそも予告状とは犯行を起こす前に送る物であって、犯行を起こした後に見つけたならそれはただの自己申告書ですな」

「……マ? 萎えんだけど。にしてもソレガシ冷静じゃんね? 実は怪盗の専門家的な?」

「急に意味不明な要素足さないでくれませんかな? なにそのすぐに仕事なくなりそうな専門家。だいたいギャル氏が最初に言ったんですぞ?」

「なにを?」

「怪盗捕まえるのでしょう?」


 『雲舟』の船上で賞金は山分け受けるしかないと手配書を握り締めていたギャル氏を思い出しながらそう言えば、キョトンと一度動きを止めて、次の瞬間にはギャル氏は大きな笑みを浮かべる。


 スープにひたしたパンを口に放り込みながらギャル氏を見つめるそれがしの前に、青髪の乙女は手にしていた偽怪盗の自己申告書を放り捨てて両手をつき、テーブルから身を乗り出して顔を覗き込んでくる。顔が近え!


「なになにソレガシ! どしたし急に色々やる気になっちゃって! 熱でもあんの?」

「普段の仕事は別にして、冒険者として動く時はソロ活はなしなのでしょう? 冒険者ギルドの依頼書ボードに貼られてもいない形ない依頼ではありますけどな。それがしも賞金は欲しい」


 取立人である白い影に追い回されるのはもう勘弁である。条件分からず何らかのタイミングで元の世界と異世界を行き来している現状、再び今元の世界に戻されでもしたら、月日の進度の違いでまた四日もすれば元の世界で白い影がやって来てしまう。


「初めてギャル氏とこの世界にやって来た時と同様に、最終目標は必要ですぞ」

「だからそれは帰ることっしょ!」

「その究明には時間が掛かりそうですからな。次に元の世界に帰ることになる前に、この世界でやっておくべき最低限の目標を」

「同志はそれを借金返済にしたいわけだね? ただあちきとセイレーン達じゃ金額に差がな〜」

「問題ないですな。一人一人と分けずに三人纏めて計算してしまえばよろしい」


 日々の生活に必要な額と、日々稼いでいる給金。残り契約金の借金はそれがしとギャル氏が二五スエアづつ、ずみー氏が五〇スエア。合わせれば丁度一〇〇スエアだ。それがし達三人で怪盗を捕らえることができれば、借金は完済。問題はない。


「いやぁ、でもそれって二人に悪いぜ。あちきも頑張って絵売るから山分けで」

「んでよずみー? なんも問題ないっしょ。分かってんじゃんソレガシ」

「ダチコを見捨てはしませんので」


 拳を突き出してくるギャル氏に緩く握った拳を返し小突き合わせる。スケッチブックで顔を隠すずみー氏に微笑を送り、パンの残りをスープにひたして口の中に押し込んだ。


 やるべき事は決まった。ただ世界を彷徨さまようような当てのない旅をしている訳ではないのだ。最終目標は絶えず変わらず帰ること。その為に、異世界を渡る羽目になっている原因を探し、安全に旅をする為にそれがしは力を蓄え、元の世界に戻った際の心配事を減らす為に借金の完済を兎に角目指す。


 やって来て五日、不格好でも『見習い騎士の演習訓練』を最低限乗り切れるようになった以上、他の事にも取り敢えず目を向けなければならない。


「ただ怪盗を捕まえようにも、それはそれで問題が山積みですけどな。ただでさえ顔も分からないのにそう頻繁に怪盗の模倣犯が出ては目星も付けられない。草生やしてる暇もありませんぞ」

「んなら同志、取り敢えず数でも減らしとくかよ?」


 顔を隠していたスケッチブックを下げ、一枚ページをめくるとずみー氏は食器を除けてテーブルの真ん中にスケッチブックを置く。描かれているのは正に『鋼鉄の胃袋』の絵。見つめる先のずみー氏は微笑み、小さな人差し指をスケッチブックの上に置く。


「野次馬達が動き出してもあちき達同様に席を立ってねえ奴らがいたぜ? 間違い探しだぜ、絵と今を照らし合わせてみなよ。ちなみにあちき達が店に入ってから出てった奴は一人もいないぜ?」


 落書きストから似顔絵捜査官にでも鞍替えしたのか、ニンマリ笑うずみー氏から視線を外し、レジ前に屯っている野次馬達以外の席に座る者達に目を流す。変わらず席に座っている絵と変わらぬ箇所は三箇所。種族はいずれも小人族ドワーフであるが、二箇所は小声で話し合っており、残るテーブルから小人族ドワーフが二人丁度立ち上がる。


 野次馬達の横を通り過ぎ、それがし達の横を通り過ぎて店を出ようとする小人族ドワーフ達の前に、ブル氏の長い足が伸ばされる。足を止めた小人族ドワーフ達の前に続けてテーブルを踏み台に軽く飛んだギャル氏の青いサイドポニーが跳ねた。


「な、なんだよ? ブルヅの旦那? それに姉ちゃん誰だ? 俺達になんか用なのか?」

「アンタらでしょレジのお金盗ったの! 泥棒は犯罪じゃんね!」


 犯人はお前だ!とばかりに青髪の乙女が小人族ドワーフ達に人差し指を突きつけ、野次馬達が一斉に此方に振り向いた。それがしは野次馬達に顔を覚えられたくないので両手で顔を覆う。


 例えそうだったとしても、ギャル氏結論急ぎ過ぎじゃね? 違ったらどうすんだよ恥ずかしい。その正義感は今少しポケットにでも閉まっておいてください。ギャル氏のポケットに穴が空いてなければの話ではあるが。

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