9F 騎士の卵 5

「あぁ? なんだ急に姉ちゃん難癖付けやがって! レジの金は怪盗が盗んだって予告状置いてんじゃねえか!」


 偽怪盗の正体はお前達だとギャル氏に突き付けられ、当然の如く小人族ドワーフ達はお怒りだ。そりゃそうだ。例えそうであろうが違がかろうが当然そうなる。当たり前田のクラッカー。


 それがし達は別に警察でもないのだから、後で人相書きでも騎士に渡せばいいだろうに、ギャル氏のお人好しな部分がそれを許してはおけないらしい。空手がずみー氏にバレたくないそうなのに、なぜ最前線に飛んで行き油に火をぶん投げるのか。炎上するに決まってるだろ常識的に考えて。


「はいダウト!嘘吐きは泥棒の始まりだから! 犯行後にある予告状はもう予告状じゃなくてただの自己申告書だから! ねーソレガシ!」


 ねーじゃない。それがしの服の肩を引っ張るんじゃない。それこそねえわ。最前線に躍り出て盾宜しくより前にそれがしを掲げるとかそれなんて生贄? 草生え散らかすわ。草だけに飛び火して炎上するわ。


「んだ兄ちゃんも難癖付けようってのか? 俺達がやった証拠でもあんのか? あぁッ‼︎」


 うるせえ! 凄むんじゃない! それがしの方に寄ってくんな! ほらそれがしはただ食事に来た客でパン食ってるだけだよ!


 新たにテーブルの上のパンを掴んで千切りながら、食ってかかって来る偽怪盗の容疑者を横目に見る。証拠なんて特別ないから絡みたくなかったのにこの様だ。脊髄反射で動くギャル氏を誰かどうにかしてくれ。脊髄を摘出しなくていい範囲で頼む。


 ずみー氏に助けを求める視線を送れば、明後日の方向に目をやり口笛を吹いて誤魔化しており、ブル氏を小さく見上げれば足を伸ばしながら腕を組み、壁と一体化するのに忙しいらしい。救いはないんですか? そうですか……。


「ブルヅの旦那が一緒だからっていい気になってんじゃねえぞ! ひ弱な人族が!」

「ブルっちは関係ねえし! ソレガシの方がアンタらよか頭回んから! メリーゴーランドだから!」

「なんだ喧嘩なら買うぜ姉ちゃん! 表に出ろや!」

「い、いやそれは……」


 それがしの頭メリーゴーランドって凄え馬鹿にしてね? ただブル氏が関係ないというのは禿同。力瘤を見せ付けるような小人族ドワーフを前に、ギャル氏が二の足を踏んでいる。勇しく見られたいのか、華奢に思われたいのか。どっちかにして欲しい。両方は無理だぞ。


 ずみー氏のいる場で空手の披露はNGだからか、助けを求める視線を突き刺してくるギャル氏と見つめ合い肩をすくめる。少なくともこの事態は自業自得である。


「あ、あーしはそうゆうんじゃなくて……」


 髪色と同じような空気を纏って口を開こうとするギャル氏の口に、手に持つ千切ったパンをスープにひたして放り込み口を閉じさせた。ギャル氏からの無茶振りも勘弁だが、しょぼくれたギャル氏を見る方がもっと勘弁だ。そんなのはそれがしの友人の姿ではないし、後で文句の嵐に見舞われそうだし。


「……まあ、証拠どうこうはお主達を調べれば分かるのでは? 難癖だと言うなら多少調べさせてくれてもいいでしょうに」

「なんでやってもねえのに調べられなきゃいけねえんだよ!」

「やってないなら尚更疑いが晴れていいことしかないですな。ただ、あー、お主達が居た席からだとトイレに行く時にレジの前を通れるんですよなー。それがし達が来てから誰も外に出ておらず、ブル氏が来てから他の客達や店員達の視線が固定された中では大変やりやすそうじゃありませんか。何よりも、ブル氏が居るからこそやるはずはないと誰もが思いそうですし」


 小人族ドワーフ達二人がトイレに行ったかどうか、実際にレジの金を取ったのかどうかなど知らない。ブル氏がどういう立場なのかもだ。


 だが、後ろめたさこそが答えに近付かせてくれる。誰もが瞬時に演技で取りつくろえる役者などではない。それを罪として認識しているなら、勝手に相手の方から己に己で嵌めたかせを引っ張ってくれる。


 即答せずに口籠くちごもった事が全て。言い訳の為に間が開けば開く程、それが答えへの距離を縮ませる。


「ッ……喧嘩売ってんのか機械人形ゴーレムがいなけりゃ案山子でしかねえ機械神の眷属風情が! 」

それがしは炎神の眷属でもないので喧嘩を売られても噛み付きたくないのですがなぁ」


 ギャル氏の肩に手を置き、立ち上がると同時に入れ替わりようにギャル氏をそれがしが座っていた椅子に座らせる。それがしが動くなら周りにいられると今は邪魔だ。


 テーブルのない通路の方に足を向け、小人族ドワーフ達を前に、容疑者達の一人が歯を食い縛る音を聞いて背後に身を勢いよく倒し床に背を着いた。それがしのいた場所に振られた小人族ドワーフの拳が虚空を薙ぐ。理詰めの話し合いから逃げて感情に走ったのならそれが証拠のようなもの。


 床に背を着きながら容疑者である小人族ドワーフ二人を見上げ呼吸を整える。背の低い小人族ドワーフよりもより低く。這いずり転げ掛ける磨き出した我流闘方。他の者達も数多くいる演習訓練ではないからこそその有用性を確かめられる。


 床に付いた右手を支点に体を捻ってうつ伏せの形に移行しながら、伸ばす左手で小人族ドワーフの足に組みつき、今度はそれを支点に体を回してもう一人の小人族ドワーフの足に足先を引っ掛ける。


 それがしの力だけでは不可能でも、なら他の力を借りればいい。驚き足を下げる小人族ドワーフの足に足を引っ掛けたままのそれがしの体が引かれ、繋がる組み付いたままの小人族ドワーフが顔から床に突っ伏した。石の床に骨の当たる音が響く。痛そ。


 組み付いたままでは力で押さえつけられてしまうだけ。するりと倒れた小人族ドワーフから腕を外し、足先をもう一人の小人族ドワーフに引っ掛けたまま、身を捻り残る足で未だ立つもう一人の小人族ドワーフの頭を蹴る。


「痛ッ⁉︎ 鉄神の眷属は硬すぎますぞ! まあそれで倒れるか倒れないかは別ですがね」


 騎士見習いよりも柔らかな感触でも硬いは硬く、蹴った足先を摩る先で、引っ掛けているそれがしの足につんのめり背後に転がる小人族ドワーフを見送る。演習訓練ではほとんどが落とされる足を避けてゴロゴロ転がるだけであるが、少なくとも身にはなっている。


 倒れている手近の小人族ドワーフに懐に手を突っ込めば確かにあった。店員が数えやすいようにか、一定の数ごとに中央の穴に紐が通され束になっているロッチ銭貨。立ち上がりながら店員へとその束を髭面の店員に投げ渡す。


「こ、この紐の色うちのレジの金のじゃねえか! やっぱてめえらが盗りやがったのか採掘も鍛治もろくにしねえ穀潰し共が!小人族ドワーフの面汚しめ!」

「あーなるほど、紐でどこのお金か分かるようにしてるんですな。知識がまた一つ増えましたぞ。しかし、やっぱりってお主らひょっとして常習犯? 最早存在が証拠ですぞそれなら」

「うるせえクソ! 剣だの盾だの打ったって、武器屋が他にも多過ぎて売れねえし、採掘だって同じだ!儲けてんなら分けやがれ!」


 酷い言い掛かりを聞いた。鉄神の眷属だけあって頑丈だからか、すぐに盗っ人である小人族ドワーフ二人は立ち上がると八つ当たりとばかりに殴り合って来るので、再び床に倒れ込む。そんなそれがしを通り越して小人族ドワーフ達はお互いの拳で殴り合うと背後に転がる。その隙に立ち上がり服の埃を手で払う。


 騎士見習いと違い素人相手ですっ転ばす事はできても、意識を刈り取るような事は無理。終わらない喧嘩は勘弁とばかりに元いたテーブルに寄り掛かれば、大きな笑い声が店を震わせ、立ち上がった小人族ドワーフ達を長い足が横合から蹴り飛ばす。



 ────ドゴンッ‼︎



 座ったまま蹴り出されたブル氏の足裏が盗っ人二人に直撃し、吹っ飛んだ盗っ人達は壁にめり込みヒビを走らせる。威力がえげつねえわ。


「クカカカカッ! えぇ友よ? それが選んだ戦い方かよ! 初めて見たが笑えるなぁ! 正に愚者の御技だぜ!」

「やるじゃんソレガシ! 動きはちょいダサかったけど、あーしはやると思ってたって!ブレイクダンス的な?」


 ダサいは余計だわ。そんなのそれがしが一番分かってるし、まだ未完成品なんだわ。ブレイクダンスとか参考になりそうな的確な助言をするんじゃないぞ武神の眷属。しかも嬉しそうにバシバシギャル氏が背中を叩いてくれるが痛いのでやめて貰いたい。ってかマジで痛いんだけど!


「どうだぁ友よ、地獄を知った先にあった景色は悪くねえか?」

「そうですなぁ、まあそこそこ。敢えて言うなら赤と黒だったと言っておきますぞ」

「……同志、それ今日のセイレーンとあちきの下着の色じゃね?」

「何とはそれがし言ってない」

「ブルっちこの覗き魔も蹴ってくんね? あーしがドチャクソ許す」


 あんな蹴りそれがしがくらったら死んじゃうよ。仕方ないんだよ這いずる戦い方なんだから。ギャル氏達の履く神秘の向こう側が見えてしまうのは不可抗力だ。代わりに戦えとか言ったのはギャル氏であるからして必要経費である。だからそれがし悪くない。


「兄ちゃん達助かったぜ!ブルヅの旦那の知り合いなだけある! 今日は店の奢りだ! 食事の代金はいいから好きに食ってくれ!」

「それは嬉しいんですけどな。それがしそろそろ行くところが」

「やったおじさんマジ優しみ深い! 良いことした後のご飯ほど美味しいご飯ないっしょ! ほらソレガシ座って座って! 特別に下着見たのも許してやんし! このお店で一番高いお肉持って来ちゃってー!」


 持って来なくていいわそれがしそろそろ機械人形ゴーレムの改造進めたいんだけど? それがしの訴えは当然聞き入れられず、腕を組んでくるギャル氏の怪力を振り解けない。武神の眷属の力の使いどころおかしくね?


 肩を落とすそれがしの横で嬉しそうにギャル氏は笑い、ずみー氏はスケッチブックに鉛筆を走らせ、店員から受け取った酒瓶をブル氏が投げ渡して来る。


 明日こそは一人だけでも小人族ドワーフの機械神の眷属に会いに行こうと、壁にめり込む盗っ人達を横目に誓いながら酒瓶を口へと傾けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る