2F 鉄の都

 見えた。と言ったのは誰であったか。


 『雲舟』を動かす空神の眷属の一人であったかもしれないし、それがしが無意識に口から零したのかもしれない。いずれにせよ、そんな短な呟きは、隣でせわしくまくられたスケッチブックと、柔らかに滑る鉛筆の音に掻き消される。


 射す朝日が照らし出す鉄塊は、青空と海の青色をその身に映し青い宝石のように輝いている。犬神の都市エトが可愛く見える分厚く引き伸ばされた鉄の城壁。


 薄く削り出した鉄の皮を丸め、雑多に重ね合わせたような歪な形状。空を泳ぐ多くの大きな『雲舟』は、蜜を集める為に花に群がる蜂や蝶のようにも見える。その瞬間を切り取るようにパシャリと響くスマホのシャッター音に意識を引き戻され、少しばかり顎を摩り、呆けていた意識の形を整える。


「……壮観ですなぁ」

「それな。エモいわぁ……」

「いや、すぐに見飽きると思うけどさ」

「テン下げだわぁ……」


 差し伸ばした手のひらをすぐに返すんじゃない。ダルちゃんの一言でギャル氏の気分が髪色と同じ色に変わっちゃったじゃねえか。メンコで遊んでいるなら褒められるが、そうでもないのにひっくり返さないで欲しい。


 ダルちゃんへギャル氏と共にジト目を送れば、一歩二歩と面倒くさい状況の到来を察してかダルちゃんが無言で足を下げる。異世界人から感動の瞬間を取り上げるんじゃない。


 だが景色に見惚れるのも束の間、すぐに『雲舟』は下降を始め、感動的な景色はすぐに失せてしまう。それに同調するように、少しばかり血の気が失せた。


「……戦時中?」


 そう思ってしまう程に、まだ城塞都市の中に入ってもいないにも関わらず鼓膜を揺さ振ってくる鉄を打つ音。


 映画でしか聞いた事がないような空気を振るわせる鉄同士の打撃音が、城塞都市の至る所から響いて来る。誰かが戦闘の合図を知らせる角笛でも吹いた途端、一斉に都市の中から兵士達が飛び出して来そうな程に張り詰めている空気。それに加えて。


「あ……ッツ⁉︎」


 鉄の城壁に反射した陽射しが瞳をなぞり、思わず瞼を落として首を振る。眩しいわ‼︎ 城壁を鉄で作る意味‼︎ 遠目で見る分には綺麗だったのに、近付けば近付く程目に痛い。やばい、帰りたくなって来た……。


「……やっばい、帰りたくなって来たんだけど?」


 声に出すんじゃねえ。


 細く目を開けそれがしの心の声を代弁しちゃってくれたギャル氏に瞳を流せば、より纏う空気を髪色と同化させているギャル氏が苦くした口元を向けて来る。


「なんだし、ソレガシ」

「いや別に……ただどれだけ目に痛かったとしても、そんなのはギャル氏の髪色が青かにび色かの違いでしかないのと同じという」

「は?」

「肩に手を置かないで貰えますかな?」


 次の瞬間には武神の眷属の力で肩の肉がげててもおかしくないんだぞ。きしむ肩の骨の音に苦い笑顔を浮かべれば、にっこりギャル氏も微笑んでくれる。以心伝心。それがしの想いが通じてくれたらしい。


「痛たたたたッ⁉︎ 慈悲はないんですか⁉︎ おい武神の眷属ぅ⁉︎ このままでは城塞都市に着く前に船の中が鉄臭くなりますぞ‼︎」

「十分もう鉄臭いってえのッ!いやぁッ⁉︎ 服に匂いが付くッ!ってゆうかちょ、待って待って、ソレガシなにアレッ⁉︎」


 喚きながらギャル氏に肩をガクガク揺さ振られ、軽く意識が遠退く。武神の眷属の特典である身体能力向上が発動しちゃってるの気付いて。力任せに視線を向けさせられた先、どんどん近付く港に待ち構えて立っている多くの人影。


 剣を携えて立っている者達は誰しも背が低く、大変ご立派な髭を生やしていた。しかも筋肉の盛り上がりがエゲツない。クソマッチョの子供に髭が生えたみたいな者達だ。「小人族ドワーフだね」と零すダルちゃんの呟きを拾い、それがしの頭を抱え込んだギャル氏の喚き声が至近距離で降り注いだ。うるせえ!


「ちっこいサンタっぽいのが超いんだけど⁉︎ 小人族ドワーフ⁉︎ エトにはいなかったじゃんね!ソレガシ!ソレガシ小人族ドワーフってなに⁉︎ やばいアレとか髭にリボンしてる!髭カワ?ってちょちょちょ、あのちっこいの髭あんのに胸あんだけど⁉︎ エグたん過ぎぃッ‼︎」

「……ギャル氏の胸以外見えねえ」


 抱え方おかしくね? 頭蓋骨からしちゃいけない音がしてるんですけど? バイブス上げんのはいいけど締め付ける力を緩めて貰いたい。おっぱいの柔らかさを通り越して肋骨の硬さを感じるんですけど?


「おいッ‼︎ 動くなッ‼︎」


 ゆっくりと『雲舟』が着港するのに合わせて響く怒号。船に足早に乗り込んで来る小人族ドワーフ達。パッと手を離すギャル氏とそれがし、乗客達を取り囲み、幾人かが鞘から剣を引き抜く。ギャル氏に頭を締め付けられた事による幻覚? 残念ながらそうではない。


「な、なんだし急に⁉︎ あーし達なんかした?」

「…… それがしへの殺人未遂」

「未遂じゃなくしてやろっか?」

「それじゃあ事件ですぞ」

「うるせえぞ! 見慣れねえ顔だな? 所属と積荷、トプロプリスに来た目的を言いな」


 なにこれ? 海外旅行する時に聞かれる入国審査? その割には物騒の度合いが優しくない。そもそも積荷は犬神の都市でほとんど燃えた。言いようによっては今小人族ドワーフ達が目にしているのが積荷だ。他の小人族ドワーフ達から一歩前に出ている小人族ドワーフへと顔を向ける。


それがし達全員、所属は冒険者ギルドで目的は冒険者ギルドの引っ越しですぞ」

「冒険者ぁ?」


 それがしの答えを聞くや否や、小人族ドワーフ達は顔を見合わせて豪快に笑い出す。小馬鹿にしたような笑い声に少しムッとしなくもないが、それがしは、眷属のルールとして売られた喧嘩は買わなくてもいいので買わないでおく。だって見ろよあの腕、太いんだもん。


「エトから冒険者ギルドの引っ越しな、あぁ確かに今日の入港予定にあるな」

「トプロプリスではいつもこんなことを? 王都なだけあって警備が厳重ですな」

「いや今だけだぜ。『怪盗』からの予告状が遂に城塞都市ここに送られたからよ」

「「怪盗ぉ〜?」」


 素っ頓狂な理由にギャル氏と驚きの声が重なる。泥棒ならいざ知らず、『怪盗』なる存在がいるなどと急に話されたところでにわかに信じ難い。それがし達の所属を聞いて笑った小人族ドワーフ達同様にギャル氏と顔を見合わせて笑い合えば、「笑い事じゃねえ‼︎」とマジで怒られた。


「同盟都市全部が件の『怪盗』にやられてんだ!エトなんて田舎から来やがってなんも知らねえのか?評議会が開かれる。おかげで船の出入りが激しくて騎士団から手まで借りて連日総出なんだよこっちは!」

「……騎士団?」

「ロド大陸に居て鉄神騎士団トイ=オーダーすら知らねえのか⁉︎」


 そう言われて思い出す。


 鉄神騎士団トイ=オーダー


 城塞都市トプロプリスが誇る鉄神の眷属達によって構成されたロド大陸最強の騎士団。ただ騎士団って言われたから分からなかっただけだしっ。当然知ってると頷けば小人族ドワーフ達に肩をすくめられる。ギャル氏は隣で首を傾げていた。


「玩具の……織田?」


 違うッ!


「それで、鉄神騎士団トイ=オーダーが出張るくらいの相手なんですかな? そのぉ……」

「怪盗か?」

「それですぞ。生憎田舎者で」


 そう聞けば、小人族ドワーフ達の中の一人が一枚の髪を手渡してくれた。人相書きの類はなく、目を引くのは懸賞金一〇〇スエア。その懸賞金の大きさに目を剥いていると、ギャル氏に横から怪盗の手配書を引ったくられる。


「背は高いか低い、男か女、何の神の眷属か不明。これじゃあなにも分かりませんぞ」

「それだけやり手ってことだ。聞いた話じゃすげえでかい影を見たとか、逆に小さい女だとか、目撃証言がマチマチでよ、ただ盗んでるもんが馬鹿にならねえ」

「それは?」

「『神石ブルトープ』、トプロプリスが同盟の証として同盟都市に与えた鉄神が生み出した特別な鉱石だぜ」

「怪盗の名は?」

「さてな? ただ通称はあるぜ。亡霊ハリエットだ」


 怪盗の名前を場に残して小人族ドワーフ達は引き上げていった。空神の眷属達が他の積荷を下ろし出すその横で、ギャル氏に服の袖を引っ張られる。手配書を握り締める音が響いた。


「ひゃ……一〇〇スエアッ、ソレガシッ! この依頼受けるしかないっしょ‼︎ 一〇〇スエアだし、一〇〇スエアッ‼︎ あーしとずみーとソレガシで分けても一人あー……いくら⁉︎」

「割り切れませんな」

「んじゃ一スエアはダルちぃで!」

「依頼書が冒険者ギルドに来てたらね。おたくら取り敢えずさっさと次の仕事決めないとまた取立人やって来ちゃうけど?」


 欲しくもない一言を告げて『雲舟』を降りて行くダルちゃんの背を見送り、ギャル氏と顔を見合わせる。早急に冒険者ギルドに向かい仕事を決めなければ臓器まで取り立てられてしまい兼ねない。ずみー氏に声を掛けるがまるで動かず、ギャル氏が絵を描き続けるずみー氏を担いで船を降りる背を追って、城塞都市を今一度見上げた。


 都市の中央に伸びるつるぎのように鋭く真っ直ぐ伸びた無骨な『塔』。鉄神ブルトープの眷属、鉄神騎士団トイ=オーダーが守る城塞都市トプロプリスと、忍び寄る姿なき怪盗の影。


 鉄の都に落とした一歩は、堅牢な都市の見た目とは裏腹に、何とも不確かな一歩だった。


 

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