3F 鉄の都 2

「ソレガシ、あれ見ようによっては可愛たんじゃね?」

「妹の持つ鎧武者フィギュアを思い出しますぞ」

「なにそれ、鬼可愛くない、なしよりのなしだわ」


 言うな。妹にぶたれても知らんぞ。


 金打ちの音鳴り響く城塞都市の中、なだらかな弧を描く積み重なった鉄の城壁に沿って走る道に間隔を置いて立っている甲冑を纏った小人族ドワーフ達。


 大人でも背丈はそれがしより頭一つ分以上低いのに、兜からはみ出す髭から身の丈以上の威圧を感じる。


 ただでさえ筋肉達磨なのに、甲冑まで着込めばまるで鋼鉄の砲弾だ。体当たりしても此方が弾かれそうな重厚感。視線を感じてか、此方に向きを変えようと動く兜から勢いよく目を逸らし、目を向けるのはダルちゃんが足を止めて待っている、ロド大陸の冒険者ギルド本部。城塞都市トプロプリスの冒険者ギルドの入り口。


「……冒険者ギルドってさあ、なんで入り口みんな錆びれてんの? 萎えぽよピーナッツでテンガン落ちなんですけど?」

「……ところが中に入ればあら不思議ですぞ、しかもエトより大きい冒険者ギルド本部とくれば」

「ミラクルハイパー映え映えスポッティーだかんね!そんじゃわっしょいテクってパシャるっしょ!引っ越し記念で即一枚‼︎」

「……なんて?」

「ずあぁッ⁉︎ めちゃんこ線がズーラシア大陸だぜ⁉︎ おいおいおい⁉︎」


 ずみー氏を抱えたままギャル氏が冒険者ギルドへと突撃して行く。抱えられたまま絵など描き続けているから線がズレるのだ。そんな事普通考えなくても分かるだろ常考などとそれがしが言うより早くギャル氏とずみー氏は冒険者ギルドの中へと消え、それを追ってダルちゃんが赤い紫煙の尾を引きながら中へと消える。


 ロド大陸冒険者ギルド本部。


 街に溢れる金打ち音に背を押されるように足を出し、冒険者ギルドの開かれた口の中に滑り込む空気に乗ってそれがしも中へと足を踏み入れる。


 壁は防音にでもなっているのか、冒険者ギルドの中では金打ち音が薄らぎ、外とは匂いもガラリと変わる。


 木製の長い受付カウンター。臙脂えんじ色の絨毯の上に立ち並ぶひん曲がった独特の形状の鉄の椅子。上から垂れ下がる洋燈ランプと壁の奥で火を瞬く暖炉。床から生えているかのように、円形のテーブルが幾つも規則正しく据え置かれており、鋼鉄製の調度品が顔を覗かせ、眷属の紋章達をあしらった意匠が壁には散りばめられている。


 そんな冒険者ギルドの中で待ち受ける人々は、ギャル氏、ずみー氏、ダルちゃん……終わりッ‼︎


 人の姿が全くない。そういや冒険者ギルドこの世界じゃオワコンだったわ。寂しッ。潰れる寸前のクラシックホテルの食堂室を切り取って来たような有様だ。


 ずみー氏は既に椅子に座って絵を描いており、ダルちゃんも受付カウンターの背後に回って椅子に座り紫煙を零している。ギルド内の写真を撮っているギャル氏を横目に見ながら受付カウンター前の椅子に座り一言。じゃ足りんわ。


「え? マジで人これだけ? これじゃあ犬神の都市の冒険者ギルドと場所と広さが変わっただけですぞ。広い分余計に寂しいッ!王都でコレ? んな馬鹿な⁉︎ オワコンどころのレベルじゃないですぞ⁉︎」

「そんな訳ないでしょ。超絶めんどくさー。他の冒険者は皆もう仕事だろうね。それにちゃんとギルドマスターがいるでしょ。あたし以外の受付嬢だってほらちゃんといる」

「どこに?」


 ダルちゃんが咥えていた細い煙管パイプの頭で指し示した先。暖炉の前に並んだ三つの椅子にはどれも毛布が掛けられており、よく見ればゆっくりと上下している。布ズレの音と共に毛布が一枚落ち、現れる受付嬢の服を纏った少女。


「……受付嬢は怠惰に憑かれた者の代名詞ですかな?」

「一番大きな毛布の山がギルドマスターだよ。……マスター、マスターもう朝だよ。都市エトから無事到着って駄目だ聞いてないね」


 起こす気ねえなダルちゃん。ただ声は届いたのか、毛布の山が揺れ動き、パサリッ、と音を立てて落ちた毛布。椅子に小さなしわだらけの髭面が座っている。爺さんか婆さんかも分からん。椅子の上でギルドマスターは寝返りを打つといびきを一つ。挨拶できる雰囲気ではない。


「だってギルドの仕事なんて神との契約以外人も少ないからほぼないし」

「なにも聞いてないのになぜ言い訳を?」

「超絶聞きたそうな顔してたから」


 一度大きく首を回して椅子から立ち上がり、取り敢えず依頼書の貼られているボードの前に足を向ける。どこの街であろうと冒険者がやるべき事は変わらない。取立人のヤバさを肌で知った。借金を残して元の世界に帰るのは危険に過ぎる。


 何よりも、機械人形ゴーレムの改造の方向性を決めたからこそ、やらねばならない事がある。


 城塞都市トプロプリスの冒険者ギルドにもある『塔』の整備依頼の紙を見つめて手を伸ばした。剥ぎ取った依頼書を手に受付カウンターへと足を向け、ダルちゃんの前に手にする依頼書を叩き付ける。少しの気の迷いを振り払うように。


「『見習い騎士の演習相手募集依頼』? ちょっとソレガシ、コレはないでしょ。超絶。さっきサレンと怪盗とっちめる的な事言ってなかった?」

「依頼書ボードにないですし、そもそも手配書な以上、捕まえるのは誰でもいいのでしょうから依頼書ボードには貼られないでしょうに。それでいいのですぞ。見たところ給金も悪くなく、仕事の時間も短く済む。機械人形ゴーレムを改造する時間も取れますな」

「コレって要は対異種族に小人族ドワーフ達が慣れる為の実戦に近い演習訓練だよ? 木剣での殴り合いだけど怪我するだろうし、機械神の眷属が受ける依頼じゃないから。眷属魔法使用禁止って注意書きされてるの見た? 機械人形ゴーレム出せなきゃソレガシは」

「それで。早く受領印を。ギャル氏とずみー氏に気付かれる」


 急かすようにカウンターに叩き付けた依頼書を指で小突けば、深いため息を吐き出してダルちゃんは依頼書に受領印を押してくれる。面倒くさいと議論を放棄してくれるダルちゃんが今は救いだ。


 ギャル氏が冒険者ギルドの写真を撮り、ずみー氏が絵を描いている間に、さっさと冒険者ギルドから依頼書に記されている騎士団見習いの演習上へと足を向ける。


 やると決めた以上、制止の言葉は必要ではない。それがしの意志だけが必要だ。危険だからと優しい声を掛けられたら二の足を踏んでしまいそうだから。


 改造の方向性を決めた以上、今それがしに必要なものは、何よりも戦い方を学ぶ事とその為の肉体作り。頭を回す時間さえあれば、改造の中身は詰められるし、もう既に次に形は決めている。だからこそ、それがしに今必要なのは『塔』の整備などではない。


 それにざっと依頼書に目は通したが、『見習い騎士の演習相手募集』だ。殺しはご法度であるし、それがしだって肉体的には成長の余地は残されていても、子供ではない。相手も見習い。危険だとしてもそこまでだろ常識的に考えて。




 ────そう思っていた時期がそれがしにもありました。




「「「「ウォォォォォォオオオオッ!!!!!!」」」」

「ファァァァァアアアアッ⁉︎」


 演習の監督役である小人族ドワーフから木剣を渡されて、始まりを告げる角笛が吹かれたと同時に、雪崩のように小人族ドワーフを筆頭とした鉄神の眷属達が突っ込んで来る。狂乱と足音の洪水にそれがしの叫び声は掻き消され、砂煙と音の濁流に飲まれて自分の息遣いさえ聞こえない。


 演習が始まる前、「人族?」「機械神の眷属?」「正気か?」と口々に聞こえて来た嘲笑を、「それがしも神喰い撃退しましたから」といった自信を胸に塗り替えてやろうと湧き上がった衝動は秒でへし折られる。


 互いに置かれた陣地の旗を取り合う要は棒倒しなのに気合の度合いが半端ではない。


 足がすくんだ刹那、肉の壁に轢き潰されて木剣を振るう事もなく空に吹き飛ばされた。最後に見たのは逆さに目に映った大地。次に目を開けた時に映ったのは、それがしの顔を覗き込む炎神の眷属である受付嬢。頭を摩ればたんこぶが。


 初日の『見習い騎士の演習訓練』の依頼は開始十秒で終わった。


 どうすりゃいいんだよアレ。むりぽ……。


 唯一の救いは、仕事の間に防具屋の売り子の依頼を受けたギャル氏と、絵を描きに外に出てずみー氏がいなかった事だ。


 ダルちゃんが紫煙と共に零すため息が骨身に染みる。体の節々が痛い。十秒で今の全力使い切ったぞ……。


「あー……一応給金は出たけど監督役の騎士からできればもう来んなって言付け頼まれたんだけど? 明日は『塔』の整備にしとく?」

「いえ……明日も……それで」

「えー……まあいいけどさ。ん? どこ行くん? 今日はもう寝てた方がいいんじゃない?」

「まだ……機械人形ゴーレム……改造の為に……今日は……街を見て来ますぞ」


 這いずるように冒険者ギルドを再び出て行くそれがしの背後でため息を吐き出すダルちゃんの息遣いが聞こえ、ギルドマスターの心地良さそうな恨めしいいびきそれがしを見送ってくれた。


 

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