35F 神喰い 2

「なぜ『神喰い』と呼ばれるのか、それあね、名前の通り都市の要である神を食べちゃうからだよむしゃむしゃと。エトで言えば犬神ゾルポス。都市にある城壁は、『神喰い』の侵攻を防ぐ為でもあるのさ」

「マ? この魚神様食べんの?」

「そうそう、本能なのか知らないけどさ。その土地の神を喰らって新たな神として居座ろうとするんだよ。神もそれは困るから、都市を築いて眷属を増やすわけ。いざという時撃退できるようにさ。神も弱くはないけど、犬神は狼神の子だし強さは神の中でも下から数えた方が早い、しかも辺境の都市だしお手上げだねこりゃ」


 ギャル氏の質問に答えながら、どうしようもないとダルちゃんは両手を挙げる。つまり『神喰い』と呼ばれるような個体は、近場の都市の神を狙って動くという訳か。それで一番近いのが都市エトだと。


「ちょっと待ってくだされよ? その言い方だと多くの都市の神も元は魔物で、都市を治め、恩恵を与えてくれる神以外を魔物と呼んでいるんですかな?」

「まあそうだね。だから水神とか超絶大きなスライムじゃなかったっけ確か」


 だから魔物を狩り過ぎると神との繋がりが薄れる場合がある訳か。同族ぶっ殺してんじゃないと。ダルちゃんじゃないけど面倒くさいと言いたくもなる。


 ただ待てよ?


「それ都市を治める神がもし負けたらどうなるんですかな? まさか眷属まで運命を共にする事になったりとか……」

「より深く繋がった眷属ならね。そうでないなら眷属の紋章が消えるだけ」


 繋がり深めると死の恐れがあるのかよ。また初耳案件だよ。しかも繋がりが深くなくても紋章が消えるとか、高い金払って契約した意味。


「そうやって神は己の守り手を増やし、神の座から下されないように街を築く」


 神との謁見が叶えば眷属として繋がりが深まり格の上がる可能性があり、かつ、眷属の特典という恩恵を与える代わりに己を守らせる訳か。


 ようやくこの世界の仕組みが少し見えたが、思ったよりも殺伐としている。神々の生存競争の枠組みの中に、この世界に生きる者達は恩恵を受ける代わりに組み込まれている訳だ。


 どれだけ眷属として名を上げたところで、契約している神が死ねば諸共道連れ。なら契約しなければいいとは残念ながらならないのだろう。


 神の雛である事を思えばこそ、眷属にならなければ魔物は脅威だ。それがしやギャル氏のように旅をしなければならない理由がある者は、眷属にならなければある程度安心して都市の外に出て行けない。


「世知辛い話ですぞ」

「ふーん、でもさ、そんな神様食べたくらいで神様になれんの? すんごいお腹壊しそうじゃんね」

「……ギャル氏、気にするとこ違うよ」


 此奴、込み入った話になって来たから考えるの諦めよったな。神の座奪おうとやって来て食べて腹壊すとかシュール過ぎる。そんな結果になったら眷属も浮かばれないわ。


「ただ、神の成り立ちは気になりますけどな。始まりの神のような者がいたんですかな?」


 そう聞けば、ダルちゃんではなくジャギン殿が牙をカチカチ鳴らしてそれがし達の意識を引き付ける。


 ダルちゃんはジャギン殿に話の続きを譲るようで煙管パイプを噛んで口を引き結ぶ。が、きっと自分が喋るより楽ができるからだ。


 ジャギン殿の方へそれがし達が顔を向ければ、太古の記憶を見つめるようにジャギン殿の複眼は暖炉の火へと向いており、みどり色の複眼をあかく染めている。


 カチ鳴らされていた牙の音は次第に小さくなり、入れ替わるように低い声で世界の歴史が奏でられた。


「────昔々の話ダ。伝説でハ、この世界には最初大地しかなかったと言ウ。タダそんな世界にも生き物はイタ。喉を潤す為に喰い喰われ合う修羅の世界。アル日、そんな世界に嫌気が差シ、旅に出た者がいたと言ウ。不毛な大地をひた歩キ、来る日も来る日も歩き続ケ、もう駄目だと観念した刹那、倒れ伏した大地に付けていた耳がアル音を拾っタ」

「……音ですかな?」

「音、ダ。閉ざされた世界から這い出るようナ、地の底を流動するウネリ。大地のヒビ割れから湧き出す力の源泉。渇きはとうに限界に達してオリ、倒れ伏した者は導かれるまま源泉をすすっタ。すればどうしたコトダ? 身の内に流れる血液が入れ替わったかのように力が湧き出ル。そしてソノ者は後世で神と呼ばれるに至っタ。源泉の力を分け与え導く者。恩恵を与える者。世界の各地に湧き出す源泉を口にした者。それが神だとナ」


 細長く息を吐き出して、ジャギン殿は六つある手の指の先同士をピタリと付けて瞼を閉じる。その姿は異様ではあったが、祈っているようにも見えた。


 伝説や御伽噺というのは取り留めもないものが多いが、喰い喰われ合う修羅の世界に嫌気が差して旅に出たのに、源泉とやらを見つけた後も、結局喰い喰われ合う世界に戻っている。


 だが分かった事もある。都市を築く場所、それすなわち源泉の湧き出している場所なのだろう。そうでなければ神が一つ処に留まる理由がない。留まっていない『次元神』が例外なのも頷ける。


「では神というよりも、『神喰い』は地から湧く源泉に惹かれているといった具合なのですな」

「まあそういうことさねー。まあ問題は何故やって来るのかじゃなくて、もう『神喰い』がエトにやって来ようとしてるのが問題なんだけどね」


 ジャギン殿が教えてくれた昔話から今へと話を引き継ぐように、ダルちゃんが気怠そうに頭を掻きながら問題を並べる。


「都市エトの犬神ゾルポスは、神の中でもかなり若い。だから街も若くて眷属も若くて、更に場所は辺境と来たもんだ。本来『神喰い』なんて見つけたら、犬神の親でもあり歴史ある狼神の街にでも救援を求むか、ロド大陸の街取り纏めてる王都に救援を求めるのが最善なんだけど、救援部隊が間に合わなそうなんだよね」

「そんなにこの街戦力不足なんですかな?」

「神の守護をしてる聖堂にならそれなりの眷属もいるだろうけど、若い神だけに強い眷属もそこまでいないし、辺境で有名な街でもないから他の眷属も高レベルは期待薄。このエトの武神の眷属で多分サレンが最強だって言えば、事態のヤバさ分かる?」

「……今分かりましたぞ」


 これは超ヤバイなんてもんじゃない。ほぼ詰んでる。契約してから約二週間しか経ってないギャル氏がエトの武神の眷属最強とか、都市エトの眷属達大丈夫?


 だが待て、まだあわてるような時間じゃない。


 武神の眷属や犬神の眷属がアテにならなかろうが、機械神の眷属にはジャギン殿とクフ殿というそれがしなんてまだ雑魚だよみたいな先輩達がいるし、炎の眷属として高レベルっぽいダルちゃんまでいる。


「ま、まあお二人もいるのですから大丈夫ですよな?」


 そう聞けば、二人は小さな笑みを浮かべて一斉に明後日の方向へと顔を背けた。


 おい、こっち見ろよ。

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