34F 神喰い

 パチリッ、と爆ぜる暖炉のまきの音が耳痛い。突如冒険者ギルドに送り付けられて来た一枚の依頼書のおかげで、部屋の中の空気がガラリと変わった。


 それがしとギャル氏を置いてきぼりに。


 ダルちゃんは苛立たしげに舌を打ちながら、見た事ないほど機敏に動き、受付カウンター背後の棚に納められている本を漁ったり纏めたりしているし、ジャギン殿も六つの腕を組んでカチカチと忙しなく牙をカチ鳴らす始末。


「……ソレガシ、あーしらドチャクソ浮いてんだけど。ハブられ方パないんだけど。この魚そんなヤバみパないの?」

それがしに聞く意味」


 分かるわけないでしょうがそんな事。尋常じゃない事態っぽいのは察するが、元の世界の常識外の事を即理解しろというのがおかしい。少なくともこの鰐魚わにざかなが相当ヤバイのは理解した。


 そしてそのヤバイのと異世界に来て早々に遭遇していた事実よ。よく無事だったもんだよ。


「あー、とりまこれは」

「ダルちゃん達に聞くのが安定でしょうな」

「そゆことで、ダルちぃ!」


 受付嬢の名前をギャル氏が元気よく呼ぶが、返事はなく部屋の中に虚しくギャル氏の声が反響するのみ。作業を止める気配もなく、振り向く素振りさえない。本当に夜逃げする気?


「リムられたわ」


 いやもう無視されたとかいう次元じゃねえ。それがし達の事アウトオブ眼中過ぎる。仕方がないので暖炉前の椅子に座るジャギン殿の方へ足を向ける。


「……あのー、ジャギン殿」

「……ソレガシ、今日仕事が急遽終わったのはコノ所為ダゾ。コレだけの個体が近くに居てよく気付かなかったモノダ。犬神の眷属共め、鼻が効くだけに平和ボケして周辺の調査をおこたっていたナ。辺境の都市だからしょうがないなどとは言えんゾ。困ったなソレガシ」

「……そうですな!」


 全然分かんないわ。少なくとも『塔』の整備の仕事が中断するような案件という事だけは分かった。上限も分からない危険度がただ上がる。


 ギャル氏の隣に戻り、「だそうですぞ」と言えば無言で肩を叩かれる。理不尽ッ。これ肩外れてないよね?


「だそうですぞじゃなくて、もっと聞くことあんでしょうが!ジャッキー!あの魚いったいなんなわけ?」

「ソレだけの大きさで都市の近辺にいるとなると間違いなく『神喰い』ダ。王都からの討伐隊が間に合うか怪しいものダ。ギルドに緊急の依頼を投げて来るあたリ、間違いなく戦力が足りてイナイ。昼の街の様子を見る限り下にはまだ知らされてイナイだろうガ、早くとも明日にはあわただしく動き出すゾ。サレンはどうする?」

「……とりまー……どうしよっかソレガシ」


 コミュ力の高いギャル氏まで訳分からん話に追い返されおった。話を聞けば誰もがあわただしく動き出すと言うあたり、この世界では周知の事実っぽいが、それがし達この世界の住人じゃないんですよ。ジャギン殿達その事忘れてない?


 だいたい『神喰い』ってなに? 名前からしてもう物騒なんですけど。


 そんな疑問に答えてくれるかのように、暖炉前の小さなテーブルの上に、ドカッとダルちゃんが一冊の分厚い本を置く。


「……ダルちゃん夜逃げするとか言ってませんでしたかな?」

「めんどくさいからやめた。疲れるし」

「あっ、はい」


 機敏に動いたかと思えば結局普段と変わらないわこの受付嬢。


 ぼさついた長めの赤毛を掻き上げて、唇を一度舌先で舐めるとダルちゃんは本のページをまくってゆく。暖炉から溢れる熱に当てられたかのように分厚い本はパラパラ目的のページまで邁進すると、まきの爆ぜる音に合わせて動きを止めた。


 描かれているのは、依頼書に描かれた鰐魚わにざかなと似たような絵と説明文。当然名前は鰐魚わにざかななどではない。


「……『飛龍魚ウォランス』?」

「めんどくさいね、やっぱり前にも一度エト周辺で確認されてるよコイツ。魔物図鑑に載ってた。取り逃したのかは知らないけど、報告書見るにエトまで来るだろうね。蜘蛛人族アラクネも言ってたけど、よくもまあこれまで気付かなかったもんだ」

「あのさダルちぃ」


 ギャル氏とそれがしの向ける視線でそれがし達が別世界からの住人だと思い出したのか、気怠そうにダルちゃんは頭を掻く。少しの間を開けてダルちゃんは手近の椅子に腰を下ろすと、懐から細い煙管パイプを取り出して火を点けた。


 立ち上る紫煙がどこから話そうか思案しているらしいダルちゃんの心情を表すかのように揺らめき、紫煙の先端が天井に触れる前にダルちゃんは口を開く。


「あー、魔物の中にはね、曰く『神喰い』と呼ばれるような大型で力ある個体が生まれる事があるんだよね。突然変異みたいに突発的に。んで、その『神喰い』って奴がこれがまあ街に住む住人にとっては困りものな訳さ」


 そう言ってダルちゃんは一度煙管パイプを噛んで紫煙を吐き、まだ質問がないのを見ると話を続ける。


 

 

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