昇降機の双騎士

生崎 鈍

一章 揺籠の落ちる先

G ギャルと某

 木々の間に響く軽い音。


 少女の回し蹴りがそれがしの背を叩く。


 紺碧こんぺき色のセーラー服と膝が隠れる程の長さのスカートを強くなびかせ放たれる蹴りを横目に、布一枚の奥に隠された神秘を垣間見ようと痛みをこらえながら目を細めたが、絶対領域の守りは固く、全く視界に収まらない。


 ってか蹴りが超速い。それがしでなくても見逃しちゃうわ。空手やってる? 


「おらっ! 行きなさいよ!」

「無理ですなっ!」

「無理じゃないっつーのっ!」


 ぽよぽよ目の前で跳ねる大きな青い水滴。


 それが『スライム』と呼ばれる生物であると実生活に全く必要ではない知識で知ってはいるが、実物を見るのはそれがしも初めての事。


 ゲームのCGだけを見て「可愛い!」とか言っていた寝ぼけた奴は腹を斬って詫びて貰いたい。


 跳ねる度に、ボチャンッ‼ と水溜まりに足を落としたかのような音を上げて寄って来るスライムから逃げようと、身をひるがえそうとしたそれがしの肩をガッチリと掴む柔らかな両手。


 背後を見るためひねったそれがしの顔を、少女の叫び声が押し戻す。うるせえ!


「ムリムリムリムリッ⁉︎」

「いやちょっとッ!? それがしは盾じゃないですぞ! この状況草も生えない!」

「だってアレちょーきもいし! きもい同士打ち消し合って!」

「最初にアレに寄ったのお主ですぞ! ってかそれなんてぷよぷよッ!?」


 腹に落ちる水の音。ゲーム序盤に出てくるような雑魚敵であるとどこかで高をくくっていた幻想を、重い衝撃が容易く打ち崩す。


 妹のフィギュアを壊してしまいそれがしを襲った一撃にも負けぬ衝撃をなんとか踏ん張り耐えたものの、我慢できない想いが口から溢れ出した。


 ……口からでよかった。


「オロロロっ、……あぁ今朝のコロッケが」

「もーいやっ! なんであーしがこんな目に合わなきゃいけないわけ⁉︎ ここどこ! アレはなに! なんで一緒なのがアンタなのよ!」

「……文句はアレに言ってくれ」


 これ以上荒くれた少女からの攻撃はくらいたくないので、仕方なく吐いたそれがしから勢い良く離れる少女の前で指を指してやる。


 木々に引っ掛かりぶら下がっている壊れひしゃげた鉄の箱。学校に程近い駅の階段を下りるのだるいなと昇降機エレベーターに乗ったところ、見ず知らずの土地に落っこちた。


 もうその事実だけで脳内コンピュータは処理落ち状態である。


 それをそれがしの所為にされてもなんとも言えず、機械仕掛けの神エレベーターの所為でないのなら、それはきっとそれがしより早くに昇降機エレベーターに乗っていた少女の所為に他ならない。


それがしより早く乗ってたのお主だし、それがしなんもしてないもん」

「もんじゃねえし! きもいんだけど! あーしだってなんもしてねーしッ!」

「じゃあなんで奈落に落っこちたし!」

「真似すんじゃねーし! きもいし!」

「さっきから『きもい』しか言わないとか語彙力なさ過ぎですぞ!」

「はぁぁぁぁぁぁッ‼」


 ────じゅるり。


 少女の叫びを舐め削るように目の前を通り過ぎる水の塊。少女のセーラー服の袖を舐め取り、溶かし落とした跳ねる水溜まりへと目を落としてそれがしは強く手を叩いた。


 セーラー服の奥でつるり光る傷一つない少女の陶器のように白い肌を目の端に捉えて。


「男と女でダメージがまるで違うですとッ!? いいぞもっとやれ!」

「しねッ!」


 少女の拳とスライムの一撃に挟まれそれがしの体が宙に舞う。無慈悲過ぎて大草原。その衝撃に走馬灯が頭の中を走り抜けた。



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