第17話 暴挙の報いは

「結局ハインツ君は、いたいけな純情少女に秘密をあらいざらいぶっちゃけるという暴挙に出たあげく、ベッドでさらなる暴挙を働いて黙らせちゃった、というわけなのね?」


「・・我が弟ながら、なかなか鬼畜の所業ね・・」


翌日西離宮に帰ってきた、ニコラとミーナの反応である。クリフだけは、「うん、男としてその気持ちは、わからんでもないよな」的な発言をしてしまい、女性陣にジト眼を向けられて部屋の隅っこで小さくなっている。


「ごめんニコラ、そして姉さん。大好きだった女の子にあんな風に迫られたら、もう止められなくて・・すべてが滅茶苦茶になるかも知れないってことは、もちろんわかっていたんだけど」


「まあ・・結果だけ見たら、悪くはなかったわ。これでリーゼロッテは、大好きなハインツに不利な行動をすることはない。リーゼロッテには私が動き方を指示するつもり」


「動き方って? いい子だからおとなしく待っててね、じゃないの?」


ミーナが疑問を呈すると、ニコラは少し眉をあげる。


「それではダメよ。リーゼロッテはお年頃の公爵令嬢で、あの可憐な美しさは周辺国まで伝わっていて、いわば超優良物件なの。だから放っておいたら、次々と良縁のお声がかかるわけよ。もし隣国から王妃や王太子妃に望まれたら断れないでしょ? どうするの? だから、彼女を守るためにも早々に『売約済』にしておかないといけないの」


「でも、ハインツと婚約するわけにはいかないでしょ・・え、もしかして?」


「もしかしてじゃなくて、ハインリヒ殿下・・ミーナがお付き合いするのよ。婚約まで進むかどうかは公爵家次第だけど・・少なくとも第一王子とあからさまに交際している姫を、他国に嫁がせる話にはならないでしょ」


「はぁ~っ。ニコラの狙いはわかったけど、女の子と付き合うのは、重いなあ・・」


「贅沢言うんじゃないわよミーナ。向こうも女同士だってわかってるんだから。お付き合いするフリだけでいいんだから。週一くらいで会って、一緒においしいお食事でもしてあげて・・夜会の時にはダンスのお相手を務めればいい、その程度よ」


「う~ん、わかったわ・・」


渋々うなづくミーナ。


「そうかあ。姉さんにリーゼロッテを取られるみたいで、少し妬けるなあ」


ようやく安心したらしいハインツがへらっと軽口を叩くと、ニコラがその強い意志の宿った眉を吊り上げた。


「ハインツ、あれだけのことしておいて、なに気楽なこと言ってるの! いいこと? 今回はたまたま運が良かっただけなんだからね? もしリーゼロッテがガチ百合だったりしたら、今頃あなたは捕まってこってり絞られている頃なのよ、本当にヤバいとこだったって、わかってるの?」


どうやら本気で怒っているらしいニコラに、ハインツは平謝りだ。さすがにクリフが遠慮がちになだめると、一旦矛を収めて続ける。


「そして、こうなったからには、二人の入れ替わりにはさらに時間制約が出来たと言うべきだわね。公爵様や叔父の伯爵様が不審を抱かないうちに、ハインツは急いで『ハインリヒ殿下』に戻らなければいけないわ。そこ、わかってるわねハインツ?」


ニコラの檄に、ハインツがはっとする。


「うん、そうだね。僕は必ず・・そして早く王子に戻るよ。そして、大好きなリーゼロッテを幸せにするんだ。そのために必要なことは何でもする、がんばるよ!」


「あ~あ、もげちゃえ、って感じね。でも、前向きになることは、いいことかな・・」


◇◇◇◇◇◇◇◇


明らかにその日から、ハインツは入れ替わり準備のギアを一気に数段上げた。


毎晩ミーナからその日の業務ブリーフィングを受け、押さえておかねばならないポイントを記憶した上で疑問点をミーナに質し、もう一度まとめ直して完全に自分のものとする。もともと驚異的な記憶力を持つハインツが出した本気は、深窓の偽姫君を急速に優秀な官僚に変えていった。ミーナが補給局から人事局に異動した直後であり、長年の経験を問われるステージにいなかったことも、幸運であったのだが。


この入れ替わりで難しいのは、圧倒的にハインツのほうだ。その気になれば引きこもっていても通じるヴィルヘルミーナ王女と違って、ハインリヒ王子は日々官僚として業務を処理し、接する人間も多くならざるを得ないからだ。しかしリーゼロッテを掌中にしてからのハインツは鬼気迫るような努力をはじめ、一気にミーナの業務を・・あくまで上っつらではあるが・・キャッチアップしつつある。


「まったく、男の子ってエロが絡むととたんにヤル気を出すんだからね~」


「ふふっ、ほんとね。ハインツの変わりようは驚くほどだわね」


ミーナとニコラは夜の勉強会を終えて、紅茶と軽い夜食をつまんでいるところだ。ハインツはまだ、ミーナが軍務省からこっそり持ち帰ってきた業務資料を読み込んでいる。


「あの調子なら、近くお試しで一日二日入れ替わってみてもいいかもね。もっと時間がかかると思っていたけれど、たいしたものだわ。モチベーションさえ上がれば、能力のほどはさすが王族というところね」


「ええ・・」


物憂げに答えるミーナを、ニコラが見とがめる。


「逆にね、最近のミーナはモチベーション下がってるわね。何かあるの?」


「何も・・ないわ。特に」


ぷいと横を向くミーナ。


「ミーナ・・あれだけ打ち込んできた官僚としての仕事を失うのがイヤなの?」


「う・・うん。だって・・そりゃそうでしょ? 私は官僚になるために三年、軍務省に入って三年、ひたすら努力してきたのよ。そして、『俊英』と称えられるまでになった・・簡単じゃなかったんだから。これで、王女に戻って、どこかの領地をもらったクリフの妻になって、夫を支えて静かに暮らす・・それはそれで幸せなのかもしれないけど、物足りないの。この六年間の努力を、無駄にしたくないのよ!」


「数は少ないけれど、女性の高級官僚もいるわ。王女ヴィルヘルミーナとして改めて出仕するのはどうなの?」


「それももちろん、考えたわ。だけど王国には、『開祖の遺訓』がある」


「ああ、『既婚の女子は高位の官職に就くべからず』ってやつね・・」


「そうよ。私、一生独身なら宰相とまでは言わないけど、長官くらいにはなれるくらいの自信はあるのだけど・・結婚したら最後、次長にすらなれないのよ。ヴィルヘルミーナはすでにクリフの婚約者、栄達の可能性は、ゼロね・・」


ミーナは、血がにじむほど唇をかんでいる。


「開祖の遺訓か・・。開祖が統治していた頃には、妊婦とか・・子供が小さい母親とかが、家庭で過ごす時間をつくる目的だったのでしょうね。しかし時代を経るうちに、その遺訓の精神は失われ外形だけが残った、という感じね」


「そう、そしてその外形はすでに伝説として権威を持っているから、国王と言えども変えられない・・だから女は役人になれないのよ」


「ミーナが悔しいのはわかる。でも今は、二人に危険が迫っているときよ」


「うん、わかってる、わかってるから・・少し時間をちょうだい、お願い」


ミーナの言葉に半分だけ納得して、ニコラは一旦引いた。確かにミーナは仕事にこだわっている、こだわっているが・・入れ替わりをためらう理由は、本当にそれだけなのか。もっと深刻な理由があるのではないか・・ニコラはしばらくの間沈思に浸っていた。

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