第16話 責任、とってくれますよね?

「ハイン・・リヒ・・さま?」


リーゼロッテが、隣で頭を抱える男・・先刻までは女だと思っていたのだが・・におずおずと呼びかける。嵐のようだった初めてのあれやこれやに、まだ呆然としているリーゼロッテだったが、隣の男は、もっと呆けていた。


「リーゼロッテ、騙していてごめん・・」


「男性・・だったのです・・ね・・」


それは先刻より、身をもって確認したばかりだ。


「うん・・」


頭脳明晰なハインツだが、今夜ばかりは頭がぼうっとして、まったく働かない。しかし今夜の振舞いが、この十数年ミーナと手を取り合って努力の末築き上げてきたものを、一気に壊してしまうものであるということは、さすがに自覚していた。


リーゼロッテは明朝になったら公爵家に戻って、事の次第を父母に告げるだろう。父である公爵は怒って王宮に怒鳴り込んでくる。そうなればハインツとミーナの入れ替わりは、多くの者の知るところとなるだろう。


女装で十数年間貴族や高官達をたばかったあげく、最高位貴族である公爵の愛娘に手を付けたハインツには、良くて廃嫡の上で国境警備か何かに飛ばされ、悪ければ地下牢行きの処分が下るであろう。あの父王が自分を守ってくれるとも思えない、アルフレートという絶好のスペアがいるのだから。


そして・・姉のミーナにも過酷な運命が待ち受けるだろう。もちろん軍務省でのエリートキャリアは消滅し、無理やり女装に戻された挙句に、よくて辺境の男爵家、悪けりゃ王都の有力商人の後妻かなにかに降嫁させられる。自分は、なんて取り返しのつかないことをしてしまったのか・・。


ハインツがお先真っ暗な未来を思い浮かべて身じろぎすると、傍らのリーゼロッテが、彼の不安をなだめるかのようにそっと両手で彼の左手を、優しく包み込むように握ってくる。驚いたハインツが彼女の方に寝返りを打つと、そこには穏やかな色をたたえたサファイアの瞳があった。


「お姉様・・いえ、もうお姉様とお呼びしてはいけませんね。ハインリヒ様・・」


「リーゼロッテ・・」


そうだ、勝手な僕は自分の運命ばかり気にしていたけど、本当に運命が変わってしまった・・いいや、僕が変えてしまった・・のは、この娘なのだ。


確かに、リーゼロッテは僕に好意を持っていたし、告白もしてくれた。だけどその相手は・・あくまで女性のヴィルヘルミーナであって、男の僕ではなかった。僕が男だとわかって戸惑っているのにつけこんで、あんなことやこんなことをした・・その間ずっと彼女は小鳥のように震えていたのに・・かつての憧れは、怒りに変わっているだろう。せめて、誠意をもって謝らなければ。


「あの・・リーゼロッテ。本当に・・ごめん。今さら謝っても、仕方ないけど・・」


「ハインリヒ様。あなたが謝っているのは、女性の姿をとって私をずっと騙していたことにですか? それとも、先ほどの・・あんなことというかこんなことというか・・ゴホン、ですか?」


「その、両方なんだけど・・」


ハインツのむにゃむにゃはっきりしない返答を聞いたリーゼロッテは、その細く色濃い眉をきゅっと上げた。


「そうですね、ずっと騙されていたことは、とてもショックです。私が一番信頼していたのは、お姉様なのに・・ここ数年の私の想いや悩みを、返してください。たぶん一生・・許しませんから」


やっぱりそうだよな、こんな純粋な女の子の気持ちを、保身のためとはいえたっぷりもてあそんだのは、この僕だ。一生許してもらえないってのは、ちょっときついけど仕方ない、とハインツは短いため息をつく。


「でも、もう一つの・・あんなことやこんなことの方には・・怒っていませんよ?」


「え。そうなの?」


意外なレスポンスに驚くハインツ。


「ええ。だって・・私、ずっとヴィルヘルミーナお姉様が男の方だったらって、夢見ていたんですもの。申し上げましたでしょう? お姉様が殿方だったら、すべてを差し上げて支え尽くしますと」


「ああ・・確かに、そう言ってたよね・・」


「私はこの数年というもの、その『あり得ないシチュエーション』をずっと想い描いてきましたの。そしたら、目の前でそのシチュエーションが現実になったのですもの・・私、運命の女神様は本当にいらっしゃるんだと実感しましたわ。だから、驚きましたけどそれ以上に嬉しくて・・」


「・・僕が男でも、好きでいてくれるの?」


おっかなびっくり聞くハインツ。お姉様を演じていた時の余裕が、今となっては完全に吹き飛んでしまっている。


「もちろんですわ! 夢見ていた通りの幸せなんですもの! 本当は、もう少し夢がかなった幸せに浸っていたかったのですが・・ぼぅっとしているうちに、美味しく食べられちゃいましたね・・ふふっ」


「面目ない・・僕もついつい、夢中になっちゃって」


「うふっ。お姉様も・・いえ、ハインリヒ様も私を好きでいてくれたことがわかって、うれしかったですよ? できたら、ああいうことは結婚した後に・・とは思っていたのですが・・」


「重ね重ね、申し訳ない・・」


「ですから、きちんと責任は取って頂きますわね! そう、騙していたことは絶対に許しません、『一生』許しませんからね・・」


キラキラと輝く青い瞳で、可愛く口角を上げながらなにやら怖いことをささやくリーゼロッテに、ひたすら謝るしかないハインツ。いきなり尻にしかれている感、満々である。

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