第8話 ニコラの想い

もう何杯目かの、ハインツの淹れる紅茶を口に運びながら、これからの動き方を話し合う四人。


おそらく一番忙しいのは軍務省務めのミーナであろうから、毎晩ミーナが西離宮に帰宅後、ハインツの私室に集まって勉強会をすることにする。


「そうそう、毎晩通うのも面倒だし帰り道もアレだから、この離宮に私の居場所、作ってくれないかな?」


ニコラが話題を変える。そうだ、もう真夜中。いくら王国最強の魔術師といえど、未婚の淑女が夜道を一人で帰宅してよい時間ではない。まして、それが毎日となれば。


「たぶん問題ないわ。賢者ニコラが王女付き・・ハインツ付きの住み込み家庭教師になってくれる!って言えば、お父様も一発OKのはずよ。私に任せておいて!」


「ありがとうミーナ。国王様にお願いするなら、もう一つついでに頼みたいの。クリフを軍務省で『研修』させてくれないかしら?」


「え? 俺が? なんで?」


「みんな忙しいのに、クリフだけヒマでしょ? だったら昼間くらい勉強しなさいな。王女のお婿さんって言ったっていずれ何か仕事しないといけないわけよね。勇者なんて結局のところ、軍関係の仕事くらいしかできないんだから」


「そうか・・先のことなんて何も考えてなかったけど・・確かに脳筋の俺には、軍人くらいしかできないかもなあ」


「あ、そんなことならまとめて私がお父様に頼んでおくわ。お父様は宰相のいいなりだけど、娘のいいなりでもあるのよね!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


今日のところは実家に帰るニコラを、送ってゆくクリフ。


実家・・といっても、男爵家の当主や妻子は辺境の領地にいるので、彼らが王都に所用があるときだけに使う、間借り物件だ。普段は管理を頼んでいる近所の者が一週間おきくらいに掃除をしてくれるくらいで、誰も住んでいない。


「じゃ、俺はここで・・」


「お茶くらい飲んでいきなさいよ。何なら、泊まっていってもいいのよ?」


泊まっていっても、の部分で一瞬だけ真剣な眼になったニコラに少しビビったクリフだが、きっと何か言い足り無かったことがあるのだろうと察し、素直に休んでいくことにする。


「今日はありがとう。とりあえずミーナとハインツの考えがまとまってきたようだし」


クリフが居間のソファに身を沈め、ブランデーをわずかに注いだ紅茶をゆっくりと飲みながら感謝を口にする。


「まだ、ありがとうは早いかもね。ハインツはともかく、ミーナの王女に戻りたい意志は、かなり弱いみたいだから」


「そうなのか?」


「うん。やっぱり今の仕事に魅力があるんだと思うな。軍務省であれだけ評価されてるんだからね。それを全部放擲して、王女としての社交に専念って言われても、踏ん切りはつかないわよね」


「そうは言っても、ニコラの言う通り危ない立場なわけだからなあ」


「そうね。だからミーナも一応表面的には納得してる。でも本気で踏ん切りをつけさせるには、何か大きな切っ掛けがないといけないかも」


頬杖をついて考え込むニコラ。


「切っ掛けか・・」


「たとえば、明らかに敵が仕掛けてくることがわかってて、すぐに入れ替わらないと弟ハインツの身が危険だとかね。あとは・・クリフのことが大好きになっちゃって、本当の妻になりたくなるとか・・うん、これはすぐには無理かもね」


クリフは苦笑いするしかない。あの仕事大好きで快活な男装の美少女が、戦うしか能がない自分に惚れるとは、到底思えないのだ。


「で、ここからが本題なの。あの姉弟が危ないのは、入れ替わりがバレることだけじゃないのよね」


「どういうこと?」


 意外という表情をするクリフ。ニコラが後を続ける。


「今回、フライブルク侯サイドとしては、かなり大きく攻めたはずなのよね。男とわかっている王女を勇者に嫁がせるんだから。当然勇者が激怒して大騒ぎするはずだったんだけど、何も反応がなくて、当てが外れてるわけよね。そうなると・・」


「もっと直接的な方法で、二人を狙ってくるんじゃないかということか?」


「さすが、そういうことになるとクリフは頭が働くようになるわね。そうよ、おそらくこの

後しばらくすると、二人の暗殺が企図される可能性が高いわ。より危険なのは・・ミーナの方ね」


「もしかして・・俺に軍務省で研修しろとか言ったのって、ミーナを守らせるためか?」


「もちろんよ。軍務省の中はほぼ安全でしょうけど、行き帰りやちょっとした外出時なんかには、暗殺者への対策が出来ている者が護衛する必要があるわ。ミーナには王宮の護衛がついてるけど、彼らは暗殺対策なんか、経験ないでしょうしね」


いたずらっぽく笑うニコラ。俺より四つも年上のくせに、えくぼが可愛いよな、とクリフはとりとめなく思う。


「ハインツの方は絶対安全・・ってわけじゃないよな?」


「ミーナほどじゃないけど、危険はあるわね。だから私が、行きたくもない王宮にわざわざ住み込もうって言うんじゃないの。私も一応、お転婆で多少年いってるけど男爵令嬢だからね。ミーナが社交に出向く先には、一緒に行けるわけよ。ま、侍女みたいな扱いになっちゃうけどね・・」


「ごめん。ニコラを大変なことに巻き込んじゃったな、のんびりするって言ってたのに・・」


クリフが心底申し訳なさそうな顔をするが、それを見たニコラは破顔した。


「何言ってんの! いいのいいの! こないだまであんなに危なくて刺激的な生活してたんだから、のんびりなんてしてたら退屈しちゃうよ。それにね・・私はクリフに頼ってもらって嬉しかったよ、とっても・・」


聡明なニコラは気づいていた。今日の自分がいつもになくハイなのは、クリフの婚約者が決して結婚できない相手だということが、わかったからだ。そして自分がこの問題にかかわる当面の間は、クリフの近くにいられるからだ。この男は自分の方へは振り向いてくれないだろうけれど、もう少しだけでいい、同じ時間を過ごしたい。そう、もう少しだけ。

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