第7話 賢者ニコラの提案

「そうね。第一王子と第一王女が失脚して、一番得をするのは第二王子のアルフレート殿下になるわね。だけど、あなたたちが高熱で死にかけてた頃のアルフレート殿下は三歳かそこら・・そんな陰謀をめぐらすことなんて、とても無理よね」


「だとすると・・アルフレートのお母さまである側妃マルガレーテ様・・それとも、マルガレーテ様のご実家であるフライブルク侯爵家?」


「おそらく後者ね。毒にしても呪術師にしても、かなり手の込んだ準備が必要。箱入りお嬢様のマルガレーテ様には出来ないでしょう。一方、フライブルク侯にはその力も、動機もあるわ。侯はあなた方の父上にへつらい取り入って、経綸の才なんかありもしないのに宰相にまでなりおおせた狡知の人。そうなれば次の望みは自らの孫を国王とし、外戚として国政を意のままに操ることではないかしら?」


「まさかいくらフライブルク侯でも、そこまで悪辣な・・さすがに信じられないわ」


頬を蒼白にしながら、きっとニコラを見据えて言うミーナ。さすがにこの時ばかりは官僚の眼になっている。無能かつ狡猾であるとわかっていても、自国の宰相をそこまで貶されて気分の良い官僚はいない。


「そうね、信じにくいのはわかるわ。では、当時を知る人に聞いてごらんなさい。問題の呪術師を、宮廷に連れてきたのは、いったい誰かと」


「くっ・・」


ミーナは身をひるがえして、部屋の奥のドアを開けて出ていく。姉弟の広い私室はその奥で扉一枚を隔ててつながっているのだ。


「おいニコラ、ちょっと言い過ぎなんじゃなかったか?」


「あら、ミーナは怒ってはいないわよ。きっと、何かを確かめに行ってるわ」


そして、ニコラがすました顔でハインツの淹れた紅茶の二杯目を飲み干すころ、ドアが静かに開いて、ミーナが重い足取りで戻ってきた。


「姉さん、何かわかった?」


「ええ・・今夜の当直侍女が一番古株のコルネリアだったから、聞いてきたわ。さすが賢者ニコラね・・あなたの言う通りだった。呪術師を紹介したのは、フライブルク侯だったわ」


「まあ、そういうことよね」


ニコラが口角を片方だけ上げながら応じる。予想通りながら、ニコラにとっても愉快な結論ではなかったようだ。


「じゃあニコラ、フライブルク侯は、これからどう行動すると思うんだ?」


クリフの問いに、少し首をかしげながらニコラが答える。見た目は十代にしか見えないだけに、その仕草はクリフから見ても愛らしい。


「そうね。おそらくどこで真実をバラしたら、最も効果的にミーナとハインツの名誉を失墜させられるか、時期を狙っているでしょうね。というより、本当はこの勇者と王女の婚約が、その大きな仕掛けだったと思うのだけど?」


「この婚約が陰謀だって?? それは少し説明が必要じゃないのか?」


「だって、たくましい勇者様が美しい王女を娶って、ヤル気満々で床を共にしようとしたら、男だったってわけよ? たまたまクリフは結婚なんかする気分じゃなかったし、こういう人だから冷静にありのままを受け入れてるけど、普通の勇者だったら怒って真実を国民にぶちまけるでしょ? 勇者が『王女はおカマで、王子はおナベ!』なんて触れ回ったら、二人の王位継承権なんか、誰も認めないでしょうね」


「確かにそうだな・・だけどこの婚約話、王様が考えたことなのかと思っていたんだが、違うのか?」


 クリフがミーナとハインツの方へ振り返ると、二人は微妙な表情で顔を見合わせている。


「おいミーナ、ハインツ、どうした?」


たっぷり十を数える間の沈黙を経て、ようやっとハインツが口を開く。


「・・さすが賢者様だね、全部お見通しなんだなあ。今回の王女降嫁は・・実は王女は僕だったわけなんだけど・・フライブルク侯の提案だったそうなんだ。僕たちは、そんな黒い意図に全然気づけなかった」


「ホントね。お父様は乗り気でなかったようだけど、フライブルク侯が『勇者を動かすには王女を与える言質が必要』って強く主張したみたいなの。で、結局お父様も・・ああいう方なので・・流されてしまったわけね」 


二人の表情は暗い。自分達を陥れようという者がなんと宰相閣下で、しかも自分達の父親がその企みに協力しているのだから。もちろん父王には姉弟に対する悪意はないのだが、悪意がないだけに始末に負えない。しばらく考える時間を与えた後、ニコラが口を開く。


「これでわかったわね。あなた達の立場は今、とても危険なの。だから、出来るだけ早く元に戻る必要があるわ」


「立太子の儀は長子が二十歳になったら、ということになってるわ。それまでに戻れば・・良いのよね?」


危機は理解しているはずなのに、なぜか気乗りしなそうな反応をするミーナに、すかさずニコラがおっかぶせる。


「それまで宰相・・フライブルク侯が何もしてこなければ、ね。だけどそうはいかないはず、現にこうやって、こんな無茶な婚約とか、仕掛けてきているわ。ミーナの気持ちがわからないわけではないけど、ここは身を守ることを優先すべきよ」


「え、ええ・・わかったわ」


不承不承といった風情だが、憧れの賢者ニコラの意見には従う意向を示すミーナ。一方のハインツにはそれほど抵抗がないらしい。


「僕はがんばるよ。貴族令嬢たちとの付き合いも楽しかったけど、いつまでも続けていられないと思っていたし・・」


「そうは言っても、気付かれずに入れ替わろうとしたら、すぐには無理ね。お互いの環境や仕事、人間関係といったところを学んでもらわないと。特に軍務省の仕事とか、ハインツは相当勉強しないといけないわ。もちろん、ミーナも姫としての教育は、ほとんど受けていないんでしょうしね・・」


ニコラが一旦、お姉さん口調で話し合いを締めた。

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