第6話 賢者の謎解き

その晩。


クリフたちが住まう西離宮で、ニコラが「王女」ハインリヒの手ずから淹れた紅茶を優雅に飲んでいた。「王子」ヴィルヘルミーナと、クリフも一緒だ。


「う~ん、茶葉も良質ですけれど、お淹れになる手さばきが最高ですわ殿下。王子様なのに、女子力が高いですわね!」


ニコラの、何やら微妙な讃辞。


「賢者ニコラ様にほめられると光栄ですけど、堅苦しい敬語はおやめください。クリフさんにもそうお願いしていますから」


「と、仰られても、抵抗ありますわ・・」


そうだ、ニコラは一応貴族・・支配階級の端くれであったのだなと、ようやくクリフは思い出す。辺境の小さな地方領しか持たない男爵家の次女だったはずだが、確かに下級貴族から見れば、王子王女は絶対的な尊崇の対象だ。庶民出身のクリフとは、王室に対する思い入れが違うのである。


「う~ん、わかったわ。じゃ、できるだけ普通に話すことにする」


「助かります」


「え~っと、王子・・のような王女様と、王女・・のような王子様。まず、私はお二人を、どう呼べばいいのかな? ハインリヒ様と呼んだら、本物の王子様か化けてる王子様か、ごっちゃになるわよね?」


ニコラが実に適切な指摘をする。そうなのだ、実はクリフも昨晩からこれに悩んでいたのだった。


「それなら、西離宮にいる時は私を『ミーナ』、弟を『ハインツ』と愛称で呼んでくれないかしら? 外で会ったら、私が『ハインリヒ』、弟は『ヴィルヘルミーナ』にしましょ」

 

本物のヴィルヘルミーナが、スパっと答える。「俊英」と称されるだけのことはあり、とにかく判断の早い子だ。


「なるほど、さすが姉さん。離宮では愛称だけど本当の名前、外では表向きのだけど正式名で呼べば、間違えにくいね。クリフさんもそれでいいですか?」


本物のハインリヒも、すかさず同意の言葉を続ける。クリフも異論のあろうはずがなく、軽くうなづく。


「では、ミーナ様、ハインツ様・・」 とニコラが切り出せば、


「ミーナ!」 呼び捨てにせよ、と本物の王女が迫る。


「では、ミーナ、ハインツ。改めまして、私はニコラ。世間では『賢者』と呼ばれているけど、そんな大したものじゃないの。今日は二人より少しお姉さんとして、これからの話をしに来たのよ」


精一杯砕けた言葉にしたつもりだが適切だっただろうか。王子王女を呼び捨てとか、まだ若干ドキドキしてしまうニコラである。


「よろしくお願いするわ、賢者様。私、ずっと賢者様とお話ししたいと憧れていたの。こんな形でかなうなんて・・」


ミーナが頬を紅潮させて答える。秀才で知られるだけに、「賢者」の知識に触れたくて仕方がないようだ。


「ミーナ、賢者様とか言われるとムズムズするから、ニコラって呼んで!」


「ええ、ニコラ!」 


ミーナが満面の笑みで応じる。


「さて・・早速なんだけど、大体の事情はクリフから聞いたわ。このまま入れ替わりっぱなしって訳にはいかないけど、どうしていいのかわからない、ってことなのよね?」


「ええ」「はい」 


 二人の返答はほぼ同時。実に息の合った姉弟だ。


「じゃ、先にお姉さんの結論を言うわね。可及的速やかに元に戻るべきだわ。このままでは二人とも、遠からずその地位を失うと思うの」


いかにもニコラらしい、単刀直入な言葉に、姉弟は背筋を硬くする。


「あの・・出来れば少し解説してもらえると・・」


ハインツが遠慮がちに突っ込む。確かに少しぶっきらぼう過ぎるよなあと、傍らで聞いていたクリフも思う。


「そうよね。まずそもそも、あなたたちが入れ替わるきっかけになった五歳時のお話が、あまりに出来過ぎなのよ。ちょうどあつらえたように出てくるお助け呪術師とか、超アヤシイわ。おそらくは十中八九、『仕込み』だわね」


「でも、熱が出たことや、入れ替わったら直ったことは、本当なんだけど・・」


「そう、そこが本当だから、みんな信じちゃったんでしょうね。だけど、そんなシチュエーションは、どうとでも作れるものなのよ。例えばある種の毒薬は、飲ませた相手を決まった期間きっちり苦しませるんだけど、その後は効能がすっきり抜けてしまうのよ。毒の切れる前日か前々日にその呪術師とやらを連れてきて、あなたたちの服を入れ替えるようなご託宣を出させる。そうすれば、あたかも入れ替えの効果で熱が引いたように見せかけられるわ。私はたぶんこれじゃないかと疑ってる。あとは・・城外から強力な呪術師が呪詛を掛けていた可能性もあるんだけど、これはあまり考えたくないわね・・いずれにしろ、いくつか方法があるということよ」


「なあニコラ。そんな面倒くさい仕掛けをわざわざ王室に向ける動機は、なんなんだ? かなりのリスクがあるはずだけど、何の利益があるんだ?」


クリフが疑問を挟む。美しい姉弟も小さくうなづいて、ニコラが解説してくれるのを待っている。


「うん、こういう時にはね、そんなことをして誰が得をするのか、で考えるのよ。王子と王女が入れ替わったまま成長することで、ね」


「誰も得するとは思えないけど・・」


ミーナが首をかしげる、いかにも少年らしい仕草だが、中味が女の子だとわかってみれば、クリフには愛らしく見えてしまう。


「あら、軍務省の俊英さんなら先を読みなさいな。こうして長年入れ替わってもう戻れなくなった頃に、実は王子は女でござるとバラしたら、得をする人はいるでしょう?」


ニコラの言葉にミーナがぎょっとしたように身体をこわばらせ・・やがてその美しい唇を震わせつつ声を発した。


「まさか・・アルフレートが?」


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