第5話 とりかへばや

「私達が五歳の時になるわね。時を同じくして私とハインリヒは原因不明の高熱に冒され、二人して生死の境をさまよったのよ・・」


本物のヴィルヘルミーナが語りはじめる。荒唐無稽な話をクリフが消化するのに必要な時間に配慮して、ごくゆっくりとした口調で。


「薬師が匙を投げちゃって、なす術がなくなったところに現れた一人の呪術師が、『これは先々代の国王にまつわる呪いである』と、お父様に言上したの。そしてその呪いから逃れる唯一の方法は、王子と王女の性別を取り替えて育てることだと」


「先々代・・アルベルト二世陛下か。艶福家で知られた方だな。ずいぶんと多くの女性を泣かせたようだが・・」


「そのようね。その呪いの話を信じる者も信じない者もいたのだけど、もうそれにすがるしかない状況だったのよね。そして私に男の子の服、ハインリヒに女の子の服を着せて二日もたつと、確かに熱が引いた・・それだけは事実なの」


「え? それで、それから十三年間だよね、ずっと男女入れ替わりっぱなしということなのか? 途中、元に戻そうという発想はなかったのか?」


「お父様が完全に呪いを信じちゃっててね。私も何回か、女の子に戻るって言ったんだけど・・絶対ダメだって仰るの。私達のことを心配して言ってるわけだから、それ以上食い下がりにくくてね。ここ五~六年は私達もあきらめちゃって、もうお願いしていないわ。それに、もう私は『王子』としての英才教育を受け、ここ三年は軍務省に官僚として出仕しているし。今さら入れ替わることも、難しくなってしまったわけなのよ」


「姉さんは、優秀過ぎたんだよ。普通なら六年かかる王都学院の官僚養成課程を、三年で飛び級卒業しちゃったんだから。そして今や若手官僚の中で『五俊英』と呼ばれてる。とても僕には真似できない」


本物のハインリヒが後を受けて続けた。ハインリヒも姉のいるところでは、普通の青年らしい言葉遣いに変わっている。本当に心から女になっちゃったって訳ではないんだな、とクリフはちょっと安心する。


「あら、ハインリヒだって大したものよ、幅広い教養と豊かな芸術の才、そして美貌の評判は、国内の貴公子達に留まらず、周辺各国でもその噂で持ち切りだし。まあ、美貌を褒められてもあなたは微妙よね」


「はぁ~、そうなんだよね・・」


二人のやり取りに、クリフは微笑む。本当に仲の良い姉弟なのだと。だが、よく考えるとこれは放っておけない気がして、口を挟むことにする。


「うん、大体の事情は分かったよ。分かった上で・・なんだけど、いつまでもこのまま入れ替わったまま生きていくのは、難しいんじゃないかな。ハインリヒの方は、俺さえ黙っていれば何とかなるのかも知れないけど・・ヴィルヘルミーナさんは、このまま第一王子のふりを続けて、やがて国王になるつもりなのかい? いろいろ難しいだろ?」


「そこまでは考えてないし、このままじゃいけないんだろうな、ってのもよくわかってるわ。だけど・・さすがにこれだけ、子供のころからずっと入れ替わって生活していると、どうしたらいいのかわからないのよ」


「うん、僕も同じ。どうしたらいいのかわからないんだ。戻らなきゃいけないかな、とは思うんだけど、僕に姉さんのような知恵働きができるとは思えないし・・」


ヴィルヘルミーナとハインリヒが真剣な眼でクリフを見る。もしかして俺頼られてるのかなと、ようやく気付くクリフ。俺ってやたらと面倒をしょい込むタイプだよなとため息をついたクリフだが、あきらめて口を開く。


「俺にできることなら力を貸すよ。だけど、『五俊英』の頭脳でも解決が思いつかない話なら、脳筋の俺じゃとても手に負えないな・・俺は考えることは担当じゃないからね。そういうことが得意な奴がいるから、明晩連れてくることにするよ」


「お願いしますっ!」


二人が同時に発したレスポンスは完璧なユニゾン。さすが双子だな、とクリフは妙な感心をするのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「いつでも呼んでとは言ったけど、昨日の今日ってのは、ちょっと予想外だったわね」


街のこじゃれたカフェで待ち合わせたニコラは、ちょっと頬をふくらませ、口をとがらせている。文句を言いながらもご機嫌そうだな、とクリフは見て取る。


「本当に悪いな。さっそくだけど面倒な相談に乗って欲しくてさ。こんなこと話せるヤツは、ニコラしかいないんだよ」


「あらあら、どうしちゃったのかしらね~? 昨夜は王女様と『仲良し』したんでしょ? もしかして、上手にできなかったとか? ふふっ、そういうのは私の専門外なんだけど?」


「いきなり未婚女性に夜の相談とか、そこまでデリカシーなしに見えるかな、俺って?」


「ごめんごめん、まぜっかえすつもりはなかったの。でも、早速の相談ってことは、相当複雑で、急を要することなんでしょ?」


ミルクたっぷり砂糖二杯入りのコーヒーを両手持ちで飲みながら、ニコラが上目遣いでクリフを見上げる。こういう姿は年上だけど可愛いなと、しょうもないことを考えるクリフであるが、ここはさっさと用件に入る。


「うん、とっても複雑なんだよ。俺じゃ全然頭が回らないから、もう頼れる『賢者』ニコラに相談するしかないって思っちゃってさ・・」


そしてクリフは、昨日ヴィルヘルミーナとハインリヒの姉弟に聞いた話を、そっくりニコラに聞かせる。はじめニコラはぽかんとした表情で聞いていたが、やがて視線を虚空に漂わせ、最後は眉を寄せて考えに沈んだ。


「・・ニコラ?」


「あ、うん・・もちろん話は全部頭に入ったわよ。あまりに無理な設定で、かなりびっくりしたけどね」


「うん、俺もびっくりした」


「そうかあ~。完璧なお姫様に見えたんだけどなあ~。十三年も女の子姿をやってたら、元は男の子でも、あんなに美しく嫋やかになれるんだね」


「だけど、このままってわけにはいかないし・・もったいない感じもするけどね」


「えっ? もったいない・・って、男の子と結婚したいの? クリフって、衆道もいけるクチだったっけ?」


マジでドン引きの顔をする二コラ。


「いやいやいや・・俺がストレートだってことは、二コラは良くわかってるだろ? さすがにいくら綺麗でも、男相手はありえないから!」


「ま、そうよね・・テレーゼとあれだけ・・・・っ、何を言わせるの!」


「自分で言っといて・・」


「まあいいわ。だけど私の考えるところこの話は、美しい双子の姉弟にかけられた意地悪な魔術師の呪い・・とかいう、メルヘンでファンタジーな話ではないと思うの。なにか・・陰謀の匂いがするわ」


ニコラは頬を染めながらも、思慮深い表情で深刻なことを口にする。その表情と幼い顔立ちのアンバランスさは、若い男の眼を奪うものがある。クリフも、思わず見つめてしまう。やがて、ニコラは口角を上げて微笑んだ。


「うん、そうね。まずは勇者様と王女様の『愛の巣』にお邪魔するとしましょうか?」


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