第4話 王女様は男の娘

クリフの驚愕と混乱が収まるのをしばらく待って、ようやく王女が口を開いた。


「繰り返します、私は・・男です。そして、ミーナと呼んで欲しいと申しましたが、私の本当の名はミーナ・・ヴィルヘルミーナではありません」


「余計わからなくなってきたよ。じゃ、君は誰なの?」


「私の・・本当の名はハインリヒ・フォン・エッシェンバッハです」


「ハインリヒ・・って、第一王子じゃねえか?」


そう。現国王の長男長女は二卵性の双子で、弟の王子はハインリヒ、姉の王女はヴェルヘルミーナだ。二人とも容姿端麗、頭脳明晰の完璧姉弟だったはず。


「もう何が何だか、わかんなくなってきたよ・・じゃあ、現在軍務省の若きエース官僚として『五俊英』のひとりと称されているあのハインリヒ王子は、どこのハインリヒになるわけなの?」


目の前にいる王女・・いやもはや王子か。王女の姿をした王子は、混乱しているクリフに気を遣って、ゆっくりと噛んで含めるように説明を始める。


「はい、当然そこが気になりますよね。五俊英と称えられている軍務省のハインリヒの正体は・・私の双子の姉、ヴィルヘルミーナです」


「はぁ? じゃあ、そっちは男装の麗人ってわけなのか?? 俺なんかには想像もつかない、複雑な事情がありそうだな」


「ええ・・私達にはどうしようもない事情があるのです。とにかく・・そういうわけですので、私はクリフ様の妻として、しかるべき務めを果たすことができない身体なのです。子をなすことも、毎夜抱かれることもです」


「まあ・・子供のいない夫婦なんてのは世の中にごまんといるだろう。そして、夫婦ってのには、夜の生活が絶対必要ってわけでもないからな」


不思議なことに、クリフはこの事態にも落ち着いていた。むしろホッとしていたかもしれない。こんな事情があるのなら、この王女・・だと思っていた少年・・を、無理に愛さなくてもよいのだと。


「怒らないのですか? あなたはわが父・・国王に騙されたのですよ? クリフ様がこのことを国民にぶちまければ、あなたをハメた父を罰することができますのに」


「それもそうだが、そんなことをしたら国民の王に対する信頼はガタガタになるだろうな。国が乱れ、周辺国との戦争も始まってしまう、もとになるだろう。そしたら、あれだけの犠牲を・・テレーゼも含めて・・払って魔王を倒したことでようやく勝ち取った平和が、目の前で崩れていくんだぜ。そんなことは、間違ってもできないよ」


「・・ありがとうございます。そして・・申し訳ありません。私には父の愚かな行動をお詫びすることしかできませんが・・私にできることであれば何でもいたします。もしクリフ様がお望みであれば夜の生活も・・衆道に関するあれこれについても、書物からではありますが学んでおりますので」


しおらしく詫びつつも、クリフがドン引きするような大胆発言をするヴィルヘルミーナ・・いや、ハインリヒか。


「いやいやいやいや・・俺は、そっちの道はストレート、どストレートだから。無理せず気楽にしてくれればいい。いや、え~っと、君の見た目が嫌いとかそんなんじゃなくて、むしろこんなに綺麗で魅力的なのに何で男なんだろうとか・・あれ? あれ? 俺は何が言いたいんだろ?」


「ふふっ。クリフ様は面白い方ですね。そして、高潔で思いやりの深い方です。本当に・・私にして差し上げられることは限られますが、何でもおっしゃって下されば一生懸命努力します。貴方にお仕えいたしたい気持ちには嘘はありません、女としてのお仕えは・・難しいのですが」


「ありがとう。まだ混乱してるけど・・無理に妻としてどうとか考えなくていい、とりあえず友としてわかりあっていこう。そうだな・・まず、君達姉弟が立場を入れ替えて暮らしている事情を、もう少し詳しく、ゆっくり聞かせてくれないかな?」


「それはもちろん・・」


王女の姿をしたハインリヒが言い掛けたちょうどその時。ベッドの反対側に掛かっていたカーテンがふいに引き開けられた。その向こうに立っていたのは・・抜けるような白い肌、アーモンド形の大きな眼とエメラルドの瞳、小さな鼻に桜色の唇・・ストレートの金髪を肩のあたりで短く切りそろえている他は、まったくハインリヒと見分けがつかないほどよく似た・・美しい、とても美しい少年だ。


「それは私から説明するわ」


「姉さん!」


そうか、この美少年が本物の王女ヴィルヘルミーナか、とクリフは驚きつつも納得する。ハインリヒもヴィルヘルミーナも、彫像か陶器のように芸術的な美しさをもっているが、あまりジェンダーを感じさせない、どこか中性的な雰囲気だ。それがこの場合、二人の入れ替わりを不自然でないものにしているのだろう。


「ふふふ、はじめまして勇者様。私が表向き第一王子ハインリヒ、しかしてその正体は・・王女ヴィルヘルミーナよ、よろしくね」


もうクリフにはバレているという開き直りからか、男姿をした自称「本物の王女」は最初からおどけた女言葉で話しかけてくる。良く聞き比べれば「本物」の声の方が少しだけトーンが高く、やわらかい響きだ。


「もう俺の頭は混乱の極み、ってやつだな。今晩だけで一年分驚いているさ。でもやっぱり・・信じられないなあ。ほんとにあんたが女で、こっちの姫が男なのか?」


「疑うんなら・・ほらっ」


少年の姿をした自称王女が、いたずらっぽく笑いながらその左手でクリフの右手をとり、それを自称王子の胸にそっと当てる。堅い波板に触ったようなゴツゴツした手触りを確認すると、クリフはあわてて手を引いた。


「なるほど、本当に・・男なんだな」

「そうよ。でも入れ替わってから、もう十三年もたつわ。今やハインリヒの方がよっぽど女らしいし、私のほうが男として高評価になっちゃってるわけよ。ただ、さすがに結婚となるとね・・」


「その『結婚』を命じたのは、他ならぬ・・君たちの父上なわけだが?」


「そうなのよね、本当にごめんなさい、謝るしかできないわ。お父様は、根は悪い方ではないのだけど、先のことが考えられない方なのよ。いつもその場だけをつくろい、しのぐことしか考えておられないの。初夜の床で勇者様が花嫁を男だと知ったなら、どのようにお怒りになるかとか、普通の人なら考えるのだけれど・・」


「王国がここ十年ほど、本来国力が格下せあるはずの近隣国に押されてきているのも、そういう王の資質が影響しているということなのかな?」


「残念だけど、否定できないわ。上に立つ者は常に先を読み、そして予想通りに進まなかった時の対応も、必ず備えておかねばならないのに・・お父様はそれが出来ていないの」


自分の父親をクールに観察し、そして王者の資格なしと厳しく公正に論評する。その明晰な頭脳と論理的な思考に、さすがは俊英と称されるだけあると、感心せざるを得ないクリフだった。


「うん、じゃあ・・さっきの話だけど。君たちがどうして入れ替わって暮らしているのか、聞かせてもらえないかな?」


「ええ、お話しするわ・・」

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