第3話 戦勝パーティーにて

「ずいぶん、積極的なお姫様だったわね?」


ニコラが豚肉のローストをパクつきながら、微妙な表情でつぶやく。


ここは王宮のバンケットホール、戦勝の宴も終盤だ。最初こそ貴族や高官達に、勇者だの賢者だの持ち上げられ引っ張りまわされたが、所詮住む世界の違う人間達だ、話題が続かない。だいたい一巡したところで特に親しく話しかけて来る者もいなくなって、クリフとニコラはようやく隅っこのテーブルに引っ込んで、若い食欲を満たしているところだった。


「うん、俺も驚いたよ。王族って、あんなにグイグイ来るものなのかな?」


「普通は違うと思うよ~。貴族達のびっくりしたような反応、見たでしょ?」


「だよなあ・・」


「で? 期待通り王女様と、早速今晩よろしくやるわけなの?」


「う~ん。俺は当分そんな気にならないけどな・・」


「そう? クリフ、王女様を見て放心状態だったじゃない、すっごく綺麗だったもんね~」


クリフを見る目が、ややジト目になりつつあるニコラ。


「うん、美しさに驚いたのは事実。ドキドキもした。でも、好きとかそういうんじゃないと思う。いきなり男女関係になろうとは思わないよ」


「結婚を承諾したんだから、それには男女関係も、当然含むでしょ?」


「・・そこにはまだ踏ん切りがつかないんだ。優しくしてあげたいとは思うけど、女として愛せるとは、今は言えないんだ」


「え~、じゃあ『白い結婚』にしちゃうわけなの?」


「そのへんも、今は何とも言えないかな。だけど、たった今の俺がテレーゼを忘れられないでいることは、王女様にも正直に伝えないといけないと思うんだ。それを聞いたうえで、彼女がどうしたいか、聞いてあげないとなあ」


「それ言われても、女は困るだけのような気がするけどな・・でも、クリフは正直で小心者だもんね。女神さまを心に住まわせたまま、妻を愛するフリとか出来ないわよね」


ため息をつきながらディスってくるニコラに、まったくクリフは反論できない。


「不器用でごめん。だけど、これが俺だから」


「そうね・・そういう真っ直ぐなクリフだから、テレーゼがあれだけ夢中になったんだもんね・・」


ニコラが黙ると、二人の間に沈黙の時が流れた。フォークを動かす手も止まり、時々間を持たせるためにワインのグラスを口に運ぶだけ。そしてしばらく後・・


「うん、招待客の大半は帰ったみたいだね。じゃあ俺は一旦もらった西離宮の部屋で支度して、王女様を訪問することにするよ。ニコラは王都の実家に帰るんだよね、送っていけないけど大丈夫かな?」


「あら、今日の私は一応主賓の一人なのよ? 立派な送迎馬車と、近衛騎士様の護衛付きよ! ご心配なく・・うん、私はしばらく王都で遊んで暮らすつもりだから、何かあったらすぐ呼んでよね!」


「ああ、俺は考えることが苦手だからね。面倒なことがあったら、いろいろ相談すると思うよ」


「ええ、待ってるからね!」


去っていくクリフに明るく手を振るニコラ。


「そう・・ああいう男の子だから、テレーゼは好きになった。そして、私も・・」


人影まばらになったホールにいる誰も、その小さなつぶやきを聞いていなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


西離宮には第一王子と第一王女が住まう。


そしてその一角にクリフは居室を賜った。居室と言っても、バーカウンターまでついた立派な応接室に書斎、浴室手洗いにクローゼットから寝室まで・・と、至れり尽くせりのフルセット豪華版である。これまで修行中の六年間、ほぼ「寝るだけ」の簡素な宿舎で過ごしてきた身には何となく落ち着かない環境だが、慣れるしかないと割り切るクリフである。軽く湯浴みをして祝宴の酒臭さを抜き、普段着に着替えて王女を訪ねた。


ノックすると侍女が静かに扉を開けた。王女の私室はクリフのそれより応接室や化粧室が大きかったり、侍女が控える次の間があったりとそれなりに贅沢仕様だが、華美な装飾はほとんどなく、全体的に素材の風合いを活かしたシンプルな造りで、好感が持てる。


「ヴィルヘルミーナ様は寝室にてお待ちですわ」


宿直の侍女が告げる。いきなり寝室かよ、とちょっと引いてしまうクリフだが、ためらっていても仕方ないので、寝室のドアをノックした。


「どうぞ、お入りください」


返事を待って王女の寝室に入る。香を焚いているようで趣味の良い匂いが漂っており、ベッドサイドの小テーブルには、紅茶の用意がしつらえられていた。


「こちらにお座りになって」


誘われるままに王女と並んで、天蓋付きの豪華なベッドに腰掛けた。王女は手ずから紅茶を淹れてくれる。その所作の優美なことに、クリフの眼はまた奪われる。


「ありがとう、まずはお茶をいただくよ」


一口含んだだけで、その紅茶がこれまで飲んでいた市井の茶とはまったく別物であることを悟る。鼻に抜ける香りが豊かで、かつ爽やかだ。妙な渋みも苦みもない。茶葉も良いものだが、淹れた王女の手練が優れているのだろう。


「これは、うまいな」


「ありがとうございます。お茶を淹れるくらいしか、取り柄がございませんから」


「そんなことはないだろう、王女様。周辺五ケ国の言葉を自在にあやつり、詩文や歴史、そして絵画に音楽と教養にあふれ、ダンスもピアノも堪能な、王室に咲いた秘花だと聞いているがな」


「王女様というのはやめて、ミーナとお呼びください」


今日が初対面でいきなり王族を愛称呼びというのにはさすがに抵抗があるクリフだが、いつまでもそうはいかないのもわかる。ここは素直に従う。


「では、ミーナ。俺に、話があるんだろ? 俺も、ミーナと結婚する前に、話しておかないといけないことがあるんだ。あまり、気持ちのいい話じゃないんだけどな」


「ええ、お話ししたいことはあるのですが・・私の話すことの方がおそらく複雑だと思いますので、勇者様の仰りたいことから先にお願いしたいです」


「勇者様じゃなくて、クリフって呼んで欲しい。じゃ、聞いてくれ・・」


そしてクリフはテレーゼとの過去を語り始めた。


魔王に挑むパーティメンバーとして厳しい鍛錬を共に潜り抜け、その中でたがいに惹かれていったこと。生まれて初めての告白も、初めての口づけも、その先の「初めて」も・・相手はすべてテレーゼだったこと。死を覚悟して臨む魔王討伐を前にして、一層激しく愛し合ったこと。そして魔王と戦いパーティが全滅寸前となったとき、テレーゼが自らの身体に女神を降臨させる「奇跡」を現出させたことにより、辛うじて魔王を倒し、クリフとニコラは生き残ったこと。しかし、生身の人間に神を下ろした代償は大きく、テレーゼはすべての生命力を使い果たし、迷宮の中ではかなくなってしまったこと。


「テレーゼは自分の身を賭して俺達を守り、そして俺に『生きろ』と言い残して、静かに死んでいった。だから俺は死ぬわけにはいかない。だけど、俺達を守って死んだテレーゼのことがずっと心の奥に突き刺さっていて・・しばらくテレーゼ以外の女性を愛せる気がしないんだ。ミーナと結婚したら、優しくしたいとは思うんだけど・・心の底から愛せるか、と聞かれたら自信がない。こんなこと言われたって、君は困るだろうけど・・ごめん」


クリフの予想に反して、王女は最初きょとんとし、やがて優しげな表情になって柔らかく微笑み、ふうっと息をついた。


「クリフ様は真面目な方なのですね・・。そもそも高位貴族の結婚で、愛にあふれた二人・・なんてケースは、あまりありませんよ? たいてい、お互いのことなんか知らないまま、政略によって結婚するわけですから。クリフ様だって、お父様に『王女をやる』と言われたから、断れなかったのでしたよね。だから、そんなことは気になさらないでください」


「すまない・・」


「いえ、私がこれからお話しすることの方が、よほど申し訳のないことなので・・」


王女が視線をベッドに落とす。


「申し訳ないって・・それは、なに?」


クリフが反問すると、王女は視線を膝のあたりにさまよわせながら暫くためらっていたが、やがて重い口を開いた。


「私は・・・実は・・・男なのです」


「そうなのか・・・ん?・・ん?・・えええっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る