第2話 王女様と婚約

「エーベルハルト三世陛下のご入来!」


 侍従が大声を張り上げると、重々しく謁見室の扉が開かれる。ゆっくりと入室してきたのは、四十代前半とは聞いているが、妙に疲れた雰囲気の男。頭髪も髭も白くなりつつあり、その貌にも張りがないが、これが王国の頂点に立っている人物なのだ。クリフは片膝をつき、ニコラはカーテシーで形だけは畏まり、冴えない国王を迎えた。


「勇者クリフォードよ、そして、賢者ニコラであったか。その方らの働き、誠に見事であった。そなたらは命を賭して魔王の脅威を除き、王国……いや王国のみならずこの大陸の民を救い、安寧をもたらしたのだ。民に代わって、礼を言うぞ」


「国王陛下、過分のお言葉痛み入ります。我々はただ、女神に命ぜられた使命を果たしたのみ。ただ、願わくば・・戦いに倒れた仲間達の残した家族には、栄誉と褒賞を賜りたく」


「うむ。戦士エアハルトとフランツ……であったな。これらには騎士の称号を与え、残された遺族には年金を与えるものとする。そして聖職者テレーゼ、彼女に関しては教会より『聖女』に列し、その遺族も手厚く保護する旨を聞いておる」


 そうか「聖女」か……教会としては最高の待遇を与えたつもりなんだろうな、テレーゼがそんな称号を求めていたはずもないんだが……と、クリフはここにいない大切なパートナーを胸に想い描く。もう二度と逢えない、最高の伴侶を。こんな大げさな賞賛も褒賞もいらないから、テレーゼをもう一度この腕に抱きしめさせてくれ、と口の中だけでつぶやくクリフ。しかし国王はそんな勇者の想いに気付くこともなく、言葉を続ける。


「そなたら二名には、十分な褒賞を取らせねばならぬ。まずは賢者ニコラよ、そなたは爵位も善き伴侶も求めぬという。であれば金銀で報いるしかないの」


「ありがたき幸せにございますわ、陛下」


上品に、だが心のこもらない返答を返すニコラ。


「そして勇者クリフォードよ。そなたにはかねてよりの約束通り、第一王女を遣わそう。爵位や領地は追ってふさわしいものを与える故、暫時待つように」


「はっ……恐悦至極」


 クリフの言葉にも熱がない。そんな面倒な褒美は、ちょっと前まで断るつもりだったのだから。ただ、積極的に断る理由が、あの迷宮の中で永遠に失われただけだ。そしてクリフの返答を聞いたニコラは、小さくため息をつく。ああ、やっぱり受けてしまったのねと。


「うむ、では本日をもって勇者クリフは我が娘、第一王女ヴィルヘルミーナの婚約者として、西離宮に居室を与えるものとする。正式な婚姻は来年の竜誕祭と併せ挙行するゆえ、そのように心得よ」


 謁見室に集められた貴族達と、文武高官が一斉に頭を垂れる。そして静かに開いた大扉から、ゆっくりと白い影が国王に近づいてくる。


「我が娘、ヴィルヘルミーナである。勇者とまみえることは初めてになろう。二人手を取り合い、末永く王国に安寧をもたらすのだぞ。うむ・・面を上げてよいぞ」


 許しを得て初めて顔を上げ、その姿を見上げたクリフは、思わず息を飲んだ。それほど衝撃的な美しさだったのだ。


 女性としては長身のすらりとした体躯に、上等の絹地をふんだんに使った白いドレスをまとい、キラキラと輝く金髪を結い上げるでもなく贅沢に背中に流している。抜けるような白い肌には一片の曇りもなく、頬にわずかに血色がのぼっているのに気付かなければ、陶器と見誤るほど滑らかである。八頭身の小顔に桜色の唇、ツンと可愛らしく自己主張する鼻……しかし最も印象的なのは、やや外側が上がったアーモンド形の眼と、国宝級の宝石のように大きく、色濃く曇りのないエメラルド色の瞳であろう。芳紀まさに十八歳、つぼみから今この時満開にならんとする、眼を奪われずにはいられない新鮮な美しさだ。


 そして、その蠱惑的な唇が動く。


「勇者様。貴方様とそのお仲間が……命を落とされた方も含めて……魔王を倒して下さらねば、私達にこの日の安寧はございませんでした。心から感謝致しております。この私でよろしければ、勇者様に心よりお仕えいたします。どうかよしなにお願いいたします」


「……」


「勇者様?」


「……はっ、ありがたく」


 跳ねる心臓を必死で抑えて、クリフが答える。ただ一人の女性と決めていたテレーゼを失い、愛だの恋だのは二度としないと誓って、まだそれほど日が経っていないというのに……いくら王女が類まれな美しさを持っているとはいえ、こんなに動揺するとは情けないと反省しながら。まあ、若い男なんてものは、こういうものであろう。


「よかったですわ。私を受け入れていただいてありがとうございます、勇者様。私も早く勇者様のことを知りとうございますわ。お話ししたいこともございますので、よろしければ今晩……私室でお待ちいたしております」


 おおっ、というような低いざわめきが起こる。この大陸では全体的に男女関係はおおらかで、高貴な身分の者達でも結婚を待たずして深い仲となるのはごく一般的なこと、新婦のお腹がふくれた結婚式も、よく見る光景だ。しかし、大陸中の王族貴族にとって憧れの淑女であるはずの王女が、婚約したばかりの男を衆人環視の中でいきなり「夜の生活」に誘うとは……ざわついた雰囲気のまま凱旋報告と婚約披露のセレモニーは、終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る