第8話 白い菊
カーテンの隙間から、僕の顔めがけて日が差した。
眩しい……。
「もう、朝か……。あれ?なんで」
頭の下にあったはずの枕が足元にある。好き好んで足に枕を敷いて寝る奴などいない、となると寝てる間に180度も動いたのか僕は……。相変わらずの寝相の悪さだ、寝ている時の僕は別人格なんじゃないかと、疑っているほどだ。
——ピピッ、ピピッ。
セットしておいたアラームが鳴った。
くそ……、二度寝のパターンかと思ったのに、もう起きなきゃいけない時間なのか。アラームを止めて、歯磨きの後、朝ご飯を食べる。目の前のテーブルには新聞を大きく開き読んでいる親父がいる。
いつも通りの光景だ。僕も、このコーヒーを飲んだからもう家を出る。
でも、その時だった……。何気なく目に入った新聞の記事、いや上枠に記載されている日付。
——2020年11月16日(月)
……あれ、嘘だろ?また……今度は1ヶ月以上も……?
「親父、当たり前だと思うけど、その新聞って今日のだよな?」
「ん?当たり前だろ、まだ寝ぼけてんのか」
「だよな……」
だんだんとこの状況をすぐ飲み込めている自分に気を落としつつ、僕は学校へ向かった。
言われて見ればと言う表現は正しくないかもしれないが、11月と意識してみれば、確かに風が冷たい。数分、三日程度ならまだしも、一ヶ月程の時間の欠如があったとしても、人間というのは日付を確認するまで違和感を感じないらしい。
……それにしてもやけに落ち着いている。それは自分でも認識していた、そして、何故落ちていているのかについても認識している。
八重城よながだ。彼女がいて、会話とは言えないまでもコミュニケーションを取る手段ほどは確立している。
学校で、この現状について聞くことで何かしらの答えがあるだろうという、謂わば希望と言える、自身がするべき行動を認識できているから、普通であれば不安に押し潰され、気が狂ってしまいそうな状況下であっても、僕は落ち着いて健気に学校へ向かっているのだろう。
学校に着いた僕は、八重城の下駄箱を確認した。落ち着いているとは言っても、答えを知りたい気持ちは強く、そしてそれは早い方が良いからだ。
下駄箱には、まだ八重城の靴は無い…。
まだ来ていないのか……。
僕はその時、気づいていなかったのだ。下履き、つまり高校の女子高生が履いているローファーの有る無しだけに僕は気を取られ、普通ならばあるはずの上履きもその時下駄箱に置かれて無かったということに……。
靴を履き替え、クラスに入り、やっぱり八重城の席に目をやる。
「……え、?」
八重城の机には、白い菊が生けてある花瓶が置かれていた。
——どういうことだ。
意味が分からない。……死んだのか?この一ヶ月と少しの間に……。
「おっす、おはよ」
クラスの後方入り口で佇む僕の肩を叩いたのは見ル野だった。
「見ル野!教えてくれ!八重城は、八重城は今どこにいるんだ!」
「恋……、何言ってんだよ?お前も知ってるだろ?一週間前に亡くなったって」
「は……?」
見ル野の表情は、とても嘘をついているようには見えない。
「ど、どうして……だったっけ?」
見ル野にとって僕はずっと一緒にいた僕なんだ。勿論八重城が死んだ時だって僕は見ル野と同じようにそれを知ってたはずだ。余計なこと言うのも面倒だから今は知っていた体で聞くのが無難か。
「恋、大丈夫か?原因については、先生も教えてくれなかっただろ?交通事故とかじゃない事は確かだろうけどな。はぁ、大した絡み無かったとは言え、身近な知った人が死ぬって言うのは、なんと言うかやっぱりショックだよな………ほら?俺たち——」
見ル野はまだ話しているが、後半は話が耳に入ってこない。
本当に……八重城は死んだのか……一体何が……。
——チャイムが鳴る。
キーン、コーンカーン、ゴオーん、ギーんゴー……。
あれ?いつもと違う、なんだこの音、頭に直接響くような鐘の音……酷く歪んだ不協和音。
「そろそろ時間じゃろ……帰ってこんか……」
聞いたような、そうでもないような、そんな声は鐘の音に混じって頭にぐわんぐわんと響く。
頭が……イタイ……。
声はそのまま何重にも重なり、エコーのように鳴り響く。だんだんと意識が遠くなっていく、これは……あぁ見ル野の声か、直接僕に語りかけている声も聞こえる。掠れていく視界にうっすらと見ル野の不安そうな顔、痛みを増していく頭、もう……限界だ……。
僕の視界は真っ暗になった。途端に頭の頭痛も消えた。
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