第7話 和菓子が美味しい


 ——ピンポーン。


 お、来たか……。

 

 「はいよ」


 「おいっスーーッ!ちゃんと持ってきたよい」


 玄関の扉を開けると、そこには、和菓子が入った紙袋をもっている少女、またの名を、小鳥遊祭が立っていた。


 一旦帰り、服を着替えて来た祭は、ショートカットによく似合うオーバーサイズなトレーナーを着た可愛らしい女の子になっていた。


 リビングへ祭を入れ、一通りのお茶セットを用意。


 「相変わらず、男っぽい格好が好きだな、祭は」


 「今に始まったことじゃないでしょ?それに、女の子がボーイッシュって逆に良い!とか言ってくれる子もいるんだよ?」


 「へー、誰だよそれは」


 「勿論……ひみつ」


 「………、じゃ、あれか?制服がちょっと大きめなのも、ボーイッシュと関係あるのか?」


 「恋くん、流石の私でもボーイッシュな服装のためにわざと大きめの制服にする、なんてことはしないよ」


 「と、いうと?」


 「分からない?」


 そういうと、祭は頭に右手を、腰に左手をあて、一般的とされているであろうモデルポーズを僕へ見せた。ここはあえて魅せるでなく、見せると言いたい。


 「分からないな。お前の言葉を借りて言わせてもらえば、さっぱりポン酢だ」


 祭は、ポーズを解き深い溜息をついた。そしてその場にあぐらをかき、僕へ言う。


 「つまり、つまりだよ、恋くん。まだまだ未発達というわけさ。まだまだ、背も高くなるだろうし、まだまだまだまだ出るとこだって出てくるかもしれないし……。分からない?」


 「祭、言いたいことは分かったが、正直な話お前が、今のお前じゃなくなって、ボーイッシュじゃなく、大人っぽい服装なんかも似合っちゃったりするぐらい成長するっていう想像が、全くといってつかないんだ。勿論これは貶してるとかじゃないぜ?」


 「ま、いーんだけどさ、私も別に恋くんにこれっぽっちもそういうの期待してなかったし。私の制服事情について聞かれたから、まあ、しょうがないな、って感じで教えてあげただけだから。でも、どーしてもって言うならなんで私がボーイッシュな服装ばっかりしてるかって議題についても教えてあげるけど?」


 「じゃあ、なんでなんだ?」


 「え?聞くの?」


 教えたそうにしてたのは祭だろ。何故そっちが驚くのだ。


 「ん?駄目だったのか、ならいいや」


 「うん、そうして。ただ、〝動きやすいから〝なんて、安直な答えしか用意できてなかったなんて、教えてあげるって言った側の立場が無いからね……」


 「全部声に出てたよ」


 「あ」


 ーー鹿威しが鳴り響く。


 閑話休題。


 ズズズー……はぁ……。


 それにしてもお茶が美味い。和菓子とお茶。この組み合わせを作り上げたのが昔の人達の計り知れない試行錯誤の結果だと思うと感慨深い。

 そもそも、甘いと苦い、この両極端とも言える食の融合が最強であることは間違いないのであるが、それ以前に、その組み合わせを最強たらしめ、至極幸せな瞬間へと誘うことが可能な人間の味覚の仕組みに感服する。

 甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、この五つの味覚により構成された舌の機能を生まれながらにして獲得している我々人間、否、生物は改めて神に感謝すべきだと思う。

 

 「なぁなぁ祭、和菓子美味しかったよ、ありがとう。で、それはそうと、僕たち人間って味覚に恵まれてるなーなんて思うけど、僕らの20倍も味覚が優れている動物がいるんだぜ?何だと思う?」


 「え?何なのいきなり。分かんないよ、蛇とか?」


 「ナマズ…」


 「え?」


 「ナマズなんだって」


 「ふーん、で、それがどうかしたの?」


 「いやさ、正直な話ナマズって聞くと、あぁナマズかぁって、人間より優れているとこなんて何もないだろって無意識に思ってるだろ?」


 「考えたことはないけど、今聞くとそうだろうな、とは思ったかな」


 「でも実際は僕らの20倍は味覚が優れているんだぜ?勿論20倍優れてたら、このお茶が、和菓子が、どんな味わいになるかなんて分からないけど、僕ら人間が到達できない異次元の感覚であることは間違いないと思うんだよ」


 「ふむふむ」


 「これって味覚の話だけど、それ以外にも感覚って、例えば他に視覚、聴覚、嗅覚、触覚ってあるだろ?きっとそれぞれに人間とは異次元の感覚を持っている生物がいると思うし、多分これは間違いない」


 「それは分かったけど、恋くんの言いたいことがよく分からないな」


 「祭って、この世界の常識で離れないような体験ってしたことあるか?実は最近、いや高校に入ってからか、自分でも整理がつかないことがいつくか起きてて……、でもそれって単に僕だから、僕が人間だから分からないことなだけであって、人間とは違う次元の存在が僕にそうさせているだけなら、この世界的に言えばごく普通で当たり前なことなのかもしれないなって……」


 「やけに饒舌だね。そのお茶にお酒でも入ってたのかな……?まぁ冗談は置いとこうか。……うーん、私には分からない。やっぱり恋くんが何を言っているのか、私にはよく分からないよ。恋くんも私に話して解決しようとしてた訳じゃないかもだけれど、私で良かったらいつでも相談乗るから。だって私は恋くんの幼馴染で、困った時助けるのは当たり前で自然なことなんだから」


 「……ああ、その時はまたお願いすると思う」


 「うん、そうしなね!」


 祭は僕へハニカミ、残りの和菓子をひと口で平らげ、お茶で流し込んだ。


 「うまー」


 祭の言う通り、僕はこの話を理解してもらいたかった訳じゃない。ただ、気の許せる友達に、僕の勝手な自身の整理に、付き合ってほしかっただけなのだから。


 祭はこう言う時、問題を解決する力は無いのだが、目の前の問題に対してどうして良いか分からず、やる気の源泉に蓋をしている人間対し、その蓋を取って再びやる気を出させる力、ゲームに例えるならば状態異常を治すことが出来るような力を持っている。


 だが実際、祭自身そこまで物分かりのよい方ではない。この場合は相談した方が祭にとってはポイント高いんだろうな……。


 ——再び、鹿威しが鳴り響いた。


 

 〓



 祭が帰り、僕は夕食、勉強、お風呂、歯磨きを済ませ、寝床に着いた。


 来週、改めて八重城に聞こう。あまりあやふやにしておくと良くないことが起きる気がする。



 ——そして翌週月曜日の朝。僕の不安は的中することになる。



 教室に着いた僕が目にしたのは……綺麗な白い菊が生けてある花瓶だった。


 そしてそれは、八重城の机に置かれていたのだった。



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