第6話 カワイイ


 ……重い、とうか実しやかな嘘であると思いたいというのが正直な感想だ。まあ、貘が出てきた時点でもう自分の頭はパッパラパーとなってしまっている訳だが、こんな作り込まれたエピソード聞かされてはもうどうしていいか分からない。

 とりあえず信じてみる、というのが今の結論だ。


 ……それはそうと、さっきから八重城の様子がおかしい。貘との話半分で、実はそっちの様子が少し気になっていたのだ。

 

 先ほどまでカカシのように棒立ちだった八重城がゴソゴソと鞄を漁っている。

 それから八重城は、鞄からペンとノートを取り出し、何かを書いているようだった。


 八重城は、さらさらっと書いたノートを手にぶら下げ僕の目の前へつき出した。字体は、活字の如く機械的で、読みやすいものであった。

 そこに書かれていた内容————、




 ——私も仲間に入れて、と一言。




 「おお……?」


 思わず変な声が出た。


 これはおそらく、僕が八重城と交わした最初の言葉となるであろうメモ書きになる。記念に一枚ほしいぐらいだ。

 正確に言えば、僕の言葉に対してじゃないので交わしたとは言えないか……。


 相変わらず、その目から感情は読み取れないのだが、いつも白くきめ細やかな肌、その両の頬が少し……、少し桃色に赤みがかっていることが分かった。

 自分では勿論見えないが、今僕の眼は、おそらくまんまるに開ききっているだろう……。


 「…うそ……だろ……?」


 桃色に変色した頬が目に入り、僕の心の中で八重城に対する何かが崩壊していくのがわかった。

 それは、一言で表すのに難しい何かであったが、一つだけ自分でも分かっていたことがあった。


 ——それは、僕の中にあった「八重城コワイ」という気持ちの内、そのすべてが今「八重城カワイイ」へと変換されたということだった。


 〓


 ——ぽつ、ぽつ。


 雨が降ってきた……。今日予報雨だったけか?

 ぽつり……ぽつり、と雨粒が落ち、地面が濡れると、あっという間に目に入る景色は濃く変色した。


 傘を持ち合わせていなかった僕は、とりあえず手持ちの鞄を頭上に持ってきて雨の凌ぐ。

 失敗したなぁ……。


 八重城は、すかさず鞄から折りたたみ傘を取り出し、差した。そして、そのまま僕の方へ歩み寄ってくる。

 ………差した傘が、僕の頭上にかかったところで八重城は止まった。それにしても、近い……、僕の心臓の鼓動が聞こえていそうで不安だ。


 「あ、ごめん。ありがとう」


 その言葉に反応するように八重城は傘を持っていない方の手で親指を立てた。


 僕は、八重城の表情を確認するために、チラッと彼女の顔へ目をやる。……頬はまだ桃色だ、これは先程メモ書きで気持ちを伝えた時の余韻によるものか、はたまた今この状況がそうさせているのか……。



 「おーい!こんな所で何してるのー?」



 ああ、これは聞いた事がある声だ。それも数日前に見ル野と一緒に。あの時も今みたいに遠くの方から叫んでたな……。

 祭の声だった。

 そういえば、祭にもこの貘、勿論見えるんだよな……?……ってあれ、……先程までそこに居たはずの貘は居なくなっていた。


 「ハァハァ、疲れたァー!!」


 走らなくてもいいのに、友達を見つけるとわざわざ走ってやってくるわんぱくな奴、またの名を、小鳥遊祭である。

 別に体力がある訳もないので、膝に手をつき、肩で息をしている。加えて雨のせいで、靴下まで水や泥が跳ねている。

 僕たちの前に到着したまことは、少しの時間息を整えてから話しだした。


 「もーびっくりポン酢だよ!!なんで、恋くん八重城さんと一緒にいるのー!?私だって話したことないのに!」


 「いや、僕だって話してた訳じゃ…」


 ——ギュッ。

 祭から見えない位置で八重城が僕の服を引っ張った。八重城へ目をやると、彼女は軽く首を横に振る。


 どういう意味だ?今さっきまでのここでの出来事には触れない方がいいのか……。

 祭は、僕の返答を瞳をくりくりとさせて待っている。八重城の行動には気付いていないようだ。


 「実は僕も八重城とはさっき会ったんだ。僕が病院へ向かってる最中、急に雨が降ってきてさ、偶然鉢合わせた八重城に傘に入れてもらったという訳」


 「そうだったんだ!八重城さんもそういうことするんじゃーん。いいなぁ、私も八重城さんと仲良くしたいなー」


 それに対する言葉の返答は勿論無かったが、八重城は祭へ手を差し出した。


 祭も、一瞬不思議そうな顔をしていたが、すぐに握手で返した。


 「やったあ、よろしくネッ!!」


 八重城が5点の表情だとすれば、祭は120点と言っても過分でない笑顔を八重城へ向けていた。……本気で、嬉しいんだろうな。犬みたいに、分かりやすいヤツだ。祭にもし尻尾が生えていれば、腰の辺りからブンブンと振れているだろう。


 「ま、祭にも偶然会った訳だし、僕は祭の傘に入れてもらって帰ることにするから。八重城、さっきはありがとな」


 「えぇぇ、狭いけどいいよォ。あれ?ていうか恋くん病院じゃなかったの?」 


 「ああ……、もういいや今日は帰る」


 僕の消えた記憶については、八重城からまた時間をとって聞いてみよう。何か知っているのは間違いないんだ、貘のことだってある。病院よりまずは八重城、貘だ。


 「私も寄りたいとこあったんだけど、雨だしやーめた!あ、和菓子!今日持ってくよ」


 「お、いいね。今日は和菓子で洒落込むか」


 祭との帰り道の途中、ふと後ろが気になり振り返ったが、そこにはもう八重城は居なかった。


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