第30話 当然の制裁

 それでは演奏お願いしますと進行役が言う。そう急かされても、どう始めたもんか。オレとサヤカは視線を重ね、眼で会話しようと試みるが。


――スタタン!


 鋭く、鮮やかな音が辺りに鳴り響く。サメ子のカスタネットは想像以上の説得力があり、そのワンフレーズだけで観衆に知らしめた。これが決してお遊びでないという事を。


(もしかして、やれるのか!)


 サメ子は先行してリズムを刻みだした。それは細かくも強弱が心地よいカスタネット、その合間には足を踏み鳴らし、リズムの大枠を創り出した。


 そこまで聞いた瞬間にはオレも続いていた。最後にサヤカのベースも加わることで、アンサンブルと呼べる形にまでなる。


(何が少々だよ。並大抵の腕前じゃねぇぞ)


 これまでもサメ子はカスタネットを披露してきたが、あくまでもドラムを邪魔しない程度、付け合せみたいな感じだった。一応は気を遣っていたみたいだ。


 今や打楽器と呼べるのはコイツだけ。制約無き自由な演奏は、独壇場と呼ぶにふさわしい。言うなれば大海原を我が物顔で疾駆する巨大ザメのようだ。


(そうだ。お前はそのまま真っ直ぐ行けばいい。帳尻合わせは任せておけ)


 サヤカはまだサメ子という人物に慣れていない。だから癖が分からず、今ひとつノリが読めないんだ。


 だからわかりやすいサインはオレから送る。6弦を聞こえよがしに鳴らし、ポイントを教えてやる。そのか細い手がかりを掴んだサヤカは、どうにか振り落とされまいと懸命に食らいついた。サメの大きなドテッ腹に、もとい流動的すぎるリズム感に。


(よしよし、一気にラストスパートだ)


 曲の後半。盛り上がりは最高潮に差し掛かり、勢いは更に増していく。飛び散る汗。せいぜい3分程度の演奏なのに、シャツはびしょ濡れだ。しかしそれがどうした。この瞬間、一瞬の煌めきを逃してはいけない。届け、届け。未知なる世界へ。


(抜けた……!)


 最後の音は、快感の白海に飲み込まれた。余韻は尾を引く響きと共に、達成感を、背筋が大きく震える程の感動を連れてくる。全てを出し切る感覚が、ここまで気持ちの良いものだとは。


「はい、演奏ありがとうございました。続きまして審査員の先生方、コメントをお願いします」


 マイク越しの言葉に、オレはようやく思い出す。ここがオーディション会場であり、しかも出来レースを強いられた場で、辛辣すぎる酷評を貰える機会である事を。


 まぁ別に良いや。好きなだけコキおろしやがれと思う。こっちの魂は青空より蒼いぞこの野郎。


「ええと、先生方。コメントの方を……」


 中々喋ろうとしない審査員連中。顔を左右に振っては小さい声でゴチャゴチャと話し合っている。かと思えば、端の男がおもむろに立ち上がり、そして拍手を響かせた。パァンパァンパァン。1人だけの、だけど盛大なものが、室内の時間を止めてしまった。


「素晴らしい。これほど躍動感があり、生命の光を感じさせる演奏はなかなか出会えるものではない。君たちには無限の可能性を感じました。願わくば日本を、いや、世界中の人々を照らせるような音楽家になっていただきたい」


 白ひげにサングラスの男。サヤカが大手レーベルのお偉いさんとか言ってた気がする。その男に耳打ちでもする姿勢で、隣の男が割って入った。


「良いんですか、頭龍紋(とうりゅうもん)さん。あまり軽率なコメントをされると……」


「軽率だと!? アンタ方こそ良く考えろ。金に眼がくらんだ挙げ句、才能の芽を摘むなどあってはならない。そんな当然の道理を教えてくれた少年たちを讃える事すら罪であるなら、オレ達全員が大罪人だ!」


 それから白ひげオッサンは振り返り、居残る参加者達の方を向いた。


「君たちには謝らねばならん。本オーディションは金の力が働き、あわや私物化される寸前であった。不本意ながら辛辣なコメントを寄せたが、君たちは何も間違っていない。より研鑽を重ね、未来の音楽業界を支えて欲しい!」


 想定外すぎる掌返しに観客は追いつけない。そんな中で真っ先に反応を示したのは、やはり黒幕の男だけだった。


「貴様、トチ狂った事をぬかしおって。取消せ

、今の言葉を全て取り消すんだ!」


「おう、金を投げ散らかすだけが脳のボンボンめ。出来レースをやらせるにしても、もう少しマシなバンドを連れてこい。褒める所を探すのに苦労したぞ」


「……下層民の分際で。この業界に、いや、日本に居場所があると思うなよ!」


「それは蔵持さん。アンタの方じゃないのか? たかが私怨でこれだけの事をしでかしたんだぞ」


「何……?」


 周囲を見渡すと、そこはヘイトの渦だった。少しずつ状況を理解した参加者達が、憎悪を瞬間的に高めようとしている。


 だがその感情はまだバラつきがあり、一か所へと向いていない。それを束ねる役目はオレが請け負う事にしよう。


「そいつは蔵持マスオってヤツなんだが、開催前に豪語してたぞ。優秀賞は金で買ったとか、金の力で全てが叶うとか、そんな感じの話」


 今の言葉が起爆剤となったらしい。方々であがる怒りの声はさざなみの様に広がり、憎悪が一点に集中した。


「な、なんだ貴様ら」


 マッスンが後退る。だが特等席として用意された位置は出口から遠い。簡単には逃げ切れないだろう。


「この愚民どもめ、よく聞け。私に指1本触れるんじゃないぞ! 万が一汚い手で触わろうものなら、容赦なく法廷に引きずり出し、天文学的な慰謝料を請求……」


 この期に及んでも虚勢をはるのか。アイツらしいっちゃらしい。そんな言葉でコワモテのお兄さん達が止まるとは思えない……気がしたんだが、彼らは詰め寄る足をピタリと止めた。


 だが、事態が沈静化した訳ではない。


「じゃあ触んなきゃ良いんだな」


「……えっ?」


「拡散しようぜ。タグは『金持ちの横暴を許すな』であげとくわ」


「今までの動画撮ってんだけど、それも貼っていい?」


「良いねぇ頼むよ。ついでにフォローしてくれ、後でバックする」


 そんな会話の中、オレもオレもという声があがる。薄明かりの中でチラチラと光るスマホのライト。これが現代の処刑法ってやつだが、この無機質な感じが逆に恐ろしい。


「何をやってるんだ貴様ら。今すぐやめろ!」


「もう遅ぇよ。ネットに流れちまったら、オレ達でももう止めらんねぇ。炎上するしないは、まぁ、祈るんだな」


 それからはネットでお祭り騒ぎが始まった。拡散に次ぐ拡散でホットニュースにまで展開し、マッスンは一躍時の人になってしまった。蔵持グループの株価は急降下。しかも不買運動やらも始まったしく、創業以来の大ピンチだとか書かれた記事まで飛び出す始末。


 そして苦難はそれだけに留まらない。電車を故意に止めたとして、刑事事件でも追求があるのだ。事件から一週間が過ぎた頃、逮捕目前であるとサメ子が教えてくれた。


 ちなみに踏切のど真ん中でダンプカーを横倒しにして、満載した土砂をばら撒いたんだとか。そこまでするか、マジで。いくらなんでも頭おかしいと思う。


「それにしても残念だったね」


 部室で2人きりになったとき、ふとサメ子が漏らした。


「急に何言ってんだ?」


「オーディションだよ。結局中止扱いになっちゃったじゃない。あの感じだったら優秀賞はアタシ達だったのに」


「良いんだよ別に。イチイチがっつくんじゃないよ」


「ねぇ、それは?」


 サメ子がオレの手元を指差して聞いた。


「これはな、あの白ひげオッサンの名刺。今度お話でもと言われてて」


「えっ、何それ凄いじゃない!」


「オレだけじゃなく、サメ子達も呼べってさ」


「もちろん行きます! さぁ早く行こう!」


「待てよ。今日じゃねぇっての!」


 思えばここが人生の分かれ道だったかもしれない。この時、名刺の話を伏せていれば。あるいはサメ子との関わり合いを一方的に断ち切っていれば、別の生涯が待っていただろう。


 この日以来まさか一蓮托生と言える程の関係になるなんて、これっぱかしも考えなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る