第29話 頼るべきは

 係の人がアナウンスを出し、いよいよ会場は開かれた。中にズラリと並ぶパイプ椅子は相当か数で、全出演者が座っても余りそうなくらいだった。


 最前列には既に何人かが並んで腰を降ろしている。そのメンバーが審査員だと知ったのは、ある程度オーディションが進行した後だ。演奏が終わる度に、割と辛辣なコメントを撒き散らしているので。


「結構厳しいんだな」


 呟きには、隣のサヤカが顔面蒼白で答えた。


「1番右の人居るでしょ。サングラスに白ひげの。彼は最大手レーベルのスカウトマンよ」


「そうなんだ。知り合い?」


「まさか。雑誌で見たことあるだけよ」


 演奏時間は1チームあたり5分くらい。皆が気合充分でステージに乗り込み、帰る時は死人の様な顔つきで帰っていく。あるいは会場の片隅で呆然としつつ腰を降ろす。まぁ辛いよな。自分の世界観を真っ向から否定されたらさ。


 ただ、着ぐるみ主体のコミックバンドの面々が、衣装をそのままにうなだれる姿はちょっと面白かった。笑っちゃいけないとは思う。でもごめん、吹き出したよ。


「では18組目。シンセースターズさん、お願いします」


「あいつらの番ね……」


 サヤカが仇でも見るようにステージを睨む。シンイチ達の出番が来たからだ。でもオレはそこそこ楽しみにしている。世界的ベーシストの世界的プレイは、一体どれだけ素晴らしいんだろう。手に汗握るとは正にこの事だ。


「ではお願いしまーす」


 進行役が促すと、ドラムスティックでカウントが入る。カンカンと渇いた音が4つ。


 それからは激しい音圧が辺りを賑わし、壁すらも響かせた。でもまともに聴けたのはせいぜい2小節まで。期待に膨らませた胸の内は深く沈んでいき、腹と一体化しかねない程になった。


「うわぁ……何だコレ」


「予想よりも酷いわね」


 とにかくチグハグだ。まずドラムとベースが全く噛み合っていない。さすがに世界的ベーシストは上手く合わせてくるんだが、実力がかけ離れすぎているので、どうにも歪なリズムが出来上がってしまう。


 そこへシンイチのギターと歌が乗るんだが、コイツはコイツで周りの音を聞いていない。ただ自分の世界に酔いしれてる姿を見せつけてるだけだ。それを審査員の前でやるんだから、ある意味すごいと思う。


「これ、ろくに練習してないんだね。気持ちがバラバラだもの」


 そんな演奏のさなか、世界的ベーシストが首を傾げるのには笑ってしまった。彼にとっても不可解な音が多すぎるみたいだ。譜面を二度見しては、舌打ちみたいな仕草を繰り返している。その気持ち、分かるよ。フレーズのツギハギが不快なんだよな。


 それから演奏が終わると、審査員のコメントが次々述べられていく。だがこのチームに限っては酷評がない。これまでの17組には「見どころなし」だの「ふざけてるのか」だのと、それはもう好き勝手に罵ったもんだが。


「まだまだ荒削りだけど、可能性を強く感じました」


「王道にして目新しい。次世代の主役はキミ達かもしれない」


「ルックスもいいしね。リスナーの食いつきには期待が持てそうです」


 その時やっと理解した。これは言わされてんだと。マッスンが宣言した通り出来レースなんだと。


 何だか嫌な世界を見た気がする。表向きは競争の体を整えてる分、腐敗っぷりが死ぬほど不快だった。これはむしろ落選した方が丁度良いんじゃないか、とすら思えてくる。


「ニイハルくん、まだかな……」


「連絡は無いぞ」


 それからもオーディションは着々と進む。20組、30組と過ぎていったが、褒められたのはシンイチ達だけ。同情したくなるくらいの罵倒が好き放題に投げつけられ、演者も逃げ帰るヤツ、パイプ椅子に放心状態で座り込むヤツと反応は様々だった。


「それでは最後です。35組目、大葉君は高校生のみなさん、お願いします」


 なんて事をしてくれた。オレはサヤカを強く睨みつけたが、相手も同時に明後日の方に顔を背けた。たしかにバンド名を任せるとは言った。だけど、もう少しマシな案は無かったのか。やっぱり丸投げは危険だと、今更すぎる後悔に苦しめられた。


「大葉君は高校生の方、セッティングをお願いしまーす」


「連呼しないでくれ、恥ずかしい……」


 オレ達は観念してステージへと登った。だが、やはりと言うか、進行役が待ったをかけてくる。


「おや、2人だけですか? 規約にもあるとおりデュオでの参加はご遠慮いただいてましたが……」


「えっと、その、遅れてまして!」


「あまり時間がかかるようなら棄権していただきますから、そのつもりで」


 冷たく言い放たれたが、まぁそんなもんだろう。とりあえずギターとアンプを接続する。そして数分後には戻すハメになる。けっこう練習したんだが、お披露目できないのは何とも残念だ。それがたとえ、汚い意思の暗躍する茶番劇であったとしても。


「お連れさんは来ないようですね。それでは今回は棄権という事で……」


 進行役が平坦な口調で宣言しかけたその時だ。入り口がバンと開け放たれた。


「すみません、遅れました!」


 奇跡か、神のいたずらか。ただし息も絶え絶えに現れたのは、ニイハルではなかった。


「サメ子、どうしてここに!?」


「電車が止まったって聞いた時、嫌な予感がして調べたの。そしたら、色々と分かって……」


「それで駆けつけてくれたのか。ニイハルさんは?」


「うちの人たちが対処してる、止められた電車も含めてね。こっちには間に合わないから、私だけが来たって訳」


 サメ子は進行役に遅刻を詫びると、演奏の機会を取り戻した。


「良かったねコータロくん、サヤカちゃん。このまま続けて良いってさ」


「つってもよ、ドラムが居ねぇんだから厳しいぞ」


「大葉君の言うとおりだわ。演奏できないとまでは言わないけど……」


「打楽器が欲しいのね、なら問題ないよ」


 サメ子が差し出すようにして見せつけたのは、2色デザインの目立つカスタネットだった。 


「これなら出来るって、前に話したでしょ」


 マジかお前。まずはそう思ったんだが、もはや贅沢なんて抜きだ。オレ達は3人顔を見比べ、即席のバンドを結成する事を決めた。



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