第27話 オレ達は何のために

 オーディションを間近に控え、ようやく新曲は完成された。わざわざ練習する必要は無かった。曲の作り込み段階で散々に弾き倒したからだ。


「思ったより早く出来たわね。佐江子さんに感謝しなきゃ」


 そう言うなり、サヤカは微笑みながら頭を下げた。


「本当にありがとう。アナタのおかげで練習場所には困らなかったし、曲作りまで手伝ってもらっちゃたね」


「えへへ。どう致しまして。歌は結構得意なんだぁ」


「ねぇ大葉君。せっかくだから、彼女を正式メンバーにしてみない?」


 その提案にはノータイムで否定した。


「嫌だね。キュッキュとしか歌えないボーカリストなんて、さすがに遠慮させてもらうぞ」


「コータロくんの意地悪。歌って踊れるサメなんて貴重な人材なんだよ?」


 確かにサメ子は良い声を持ってるし、踊りもかなり上手だと思う。それでもだ。頑として言語に乗せて歌わない所が、どうにも受け入れられなかった。


 いつも通りの会話を重ねるうち、ニイムラがドラム越しに割り込んできた。


「それはそうとさ、今日はどうすんの。新曲の練習?」


「うーん。流石に飽きてきたよな。たまには違うことがやりたい」


 するとサメ子、急に胸を張って威張りだした。


「フッフッフ。こんな事もあろうかと、面白いアイディアを……」


「何か定番の曲でも合わせようぜ。有名曲なら楽譜(スコア)が無くたっていけるっしょ」


「ちょいちょぉーーい! ここは話を聞く流れでしょ、コータロくん!」


「何だよ面倒くせぇ。一体どうしたってんだ」


「そろそろ飽きる頃だろうと思ってね、今日はちょっとしたイベントを用意したんだ」


 サメ子はスマホを取り出し、何かを確認すると電話をかけ、最後にオレ達を見た。


「準備できたってさ、行こう?」


「どこにだよオイ」


「それは着いてからのお楽しみ。車で移動しまーす」


 サメ子はオレ達に楽器だけ持たせると、強引に車の中に押し込んだ。割と誘拐めいた動きだが、行き先は意外な所だった。


「ここは……」


「テレビの音楽番組とかで使ってる撮影スタジオだよ。プロモーションビデオを創ってみようかなと思って」


「もしかしてお前」


「うん。今日1日だけ借りちゃった」


「どこまでお金持ちなんだお前んちは!」


 サメ子は堂々とした足取りで中に入ったが、オレ達は恐々としたもんだ。飾り気のない無機質なエントランスから通路を渡ると、大きな鉄扉があった。ドアノブをひねればガコンと派手な音が鳴り、その向こうには未知なる世界が広がる。


「マジだ……テレビカメラがいっぱい」


「すごいね。私、お客さんでも来たことないよ」


 ポカンという言葉しか浮かばない。撮影スタッフも勢揃いらしく、キビキビとした掛け声が頻繁に飛び交っている。ただ、そんな光景の中、見慣れた男が出迎えてくれた。


「やぁ大葉くん。丁度良い所に来たね」


「ゲンゾー。どうしてお前が?」


「部長には演出周りを頼まれてね、喜んでオッケーしたもんだよ」


「この環境で物怖じしないお前って何者だよ」


「それと、僕だけじゃないよ。ホラあそこ」


 ゲンゾーが壁際のテーブル辺りを指差した。するとそこには、悠々と腰掛けるニーナとリサの姿まである。


「おぉい、大葉殿ーー!」


「不忍、早河、お前たちも来てたのかよ!?」


「拙者はバックダンサー、早河殿はナレーターでござるよ」


「どうしてまた……」


「大量のお菓子を献上されたでござる。協力せねば義に背くというもの」


「報酬に奇書を貰う約束がある。説明終了」


「あぁそうかい。それなりに楽しんで」


 もはや脳が理解を拒絶した。考えるだけ無駄、という気分になる。


 しばらくしてサメ子に呼ばれた。スポットライトが集まる場所で、メンバー全員で楽器を構えろと言う。恥ずかしい。だが、従うまで終わらないだろう事は、経験から察しがつく。


「それじゃあね。録音した曲をスピーカーから流すから、みんなは演奏してるフリしてちょうだい」


 サメ子の指揮によって撮影は開始した。フリをしてと言われても、こっちは初めての体験だ。自然とはにかみの笑いがこみ上げてくる。更に輪をかけるのは、ニーナの忍術による白煙やら閃光、極め付けに遠目から聞こえるリサの朗読だ。


――聞け、風の音を。聞け、魂の叫びを。多感な青年達が織り成す情熱のメロディは、野を駆け、空を突き抜け……


 やめてくれ、そんなん笑うに決まってんだろ。


「はいストーップ。コータロくん、真面目にやってくれないかな?」


「オレのせいかよ、ふざけんな。お前らこそ全力でふざけやがって」


 それから何度繰り返しても上手くいかず、結局は生で演奏することにした。さすがに音を出すと気分も違ってくる。大仰しいカメラだって視界に入らなくなる。


「良いねぇ、良い感じだよ!」


 キャラ作ったかのような声を出したサメ子は、オレ達のど真ん中に割って入ると、キレッキレの動きで踊り始めた。お得意のフラメンコダンスは、激しめの曲調に合ってるといえばそうなんだが。


「おいサメ子。なんでお前が乱入してんだ」


「ホラホラ手を休めない。そんな程度じゃ私の方が目立っちゃうよ?」


「この野郎、オレの本気を見せてやる!」


 挑発に乗っかったことで、オレの音には鋭さが増した。それは知らず知らずのうちに他のメンバーも引っぱり、最終的にはよく分からない曲にまで発展してしまった。クライマックスの頃は正直いって記憶が薄いんだが、ニーナは好き勝手に爆竹を鳴らし、リサも絶叫寄りの朗読をしていたような、記憶違いのような気になる。


「はぁ、はぁ。どうかな、ゲンゾーくん?」


 それを判断するのはお前だろうとサメ子にツッコミたかったが、あいにくオレも息があがっている。


「充分だよ、お疲れ様ー」


「はい皆さん。今日はありがとうございました!」


「動画は後ほどウェブアップするから、仕上がりはそこで確認してねー」


 心底疲れた。終わりの挨拶もそこそこに、まっすぐ帰宅した。


 ちなみに動画の仕上がりについてだが、音は途中までしか挿入されていなかった。どうやら演奏の盛り上がりが仇となり、音割れを引き起こしてしまったようだ。その結果、後半は無音劇のようになり、サメ子ばかりがクローズアップされる形となった。


 うん、時間を返せこの野郎。


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