第24話 焼け太り
夜にやることと言えば決まってネットサーフィンだ。まだ見ぬ面白動画を探し求めて、ヘッドフォンと寄り添いつつ延々とクリック、クリック。そんな比較的静かな部屋でバイブ音が鳴った。スマホの通知だった。
「誰だろう……こんな夜中に」
何の警戒心もなく開いたのはSNSアプリだ。そうして最終的に表示されたのはメッセージ欄で、そこにはオレ宛の罵詈雑言で大量に埋め尽くされていた。ゴミ、カスなんてのはマシな方で、犯行予告とも受け取れるほどに過激な内容だった。
「なんだよコレ……!?」
通知はひっきりなしに鳴り続ける。文字通り休むヒマもなく、スマホはただ震え続けるばかりだ。この唐突すぎるトラブルに対応できる訳もなく、その晩は電源を切ってベッドに潜り込んだ。胸の奥に居座る不快な鼓動とともに、長い夜を過ごすハメになった。
そうして迎えた翌日。授業はもとより、サメ子の絡みだって上の空。どうにか放課後を迎えたんだが、この日も帰宅は許されず、強引に部室の方へと引きずり込まれてしまった。
「どうしたのコータロくん。今日は様子がおかしいよ?」
「いや、なんつうか。後で話すよ」
フラフラと揺れる足がやがて部室内の床を踏んだ。こんな時に限って部員は全員集合してんだから、ウンザリした想いになる。
「さぁ教えて。喋りにくい事なら私だけでもコッソリ聞いちゃうよ」
会議のように整然と座ったアホどもが、サメ子を中心に据えてオレを見る。いつもの趣味はどうしたんだ野次馬どもめ。
「オレもよく分からねぇ。ただ昨日から突然アカウントが炎上しだしたんだ」
「あぁ、コータロくんもやってたよね。でもさ、ろくに使ってなかった気がするけど」
「そうだよ。荒れてんのはダイレクトメッセージなんだよ」
オレはもっぱら受信専用というか、アプリ通話やメッセージ機能ばかり使ってきた。うかつな発信は一度としてない。それなのに炎上騒ぎまがいの非難が寄せられていて、どうして良いのか分からなくなる。
異変が起きてから既に1日近くが経過。それでも事態は収まる気配がない。もはや通知バッジを見る気にもなれなかった。
「うわぁ、何コレ。色んな人がメッセージを?」
「同じヤツかとも思ったけどさ、全部が違うアカウントなんだよ。それが何百も来たらどうよ?」
「うーん。確かにこれは怖いかも、不気味だし」
「何なんだよマジで……」
頭を抱えるオレの肩を叩いたのはゲンゾーだった。
「ここ最近で変わった事はないかい? 大きな事とか、トラブルなんか」
「いや、これと言って……」
否定しようとした瞬間、脳裏に過るものがあった。
「もしかして、あの金持ちか?」
「可能性はありそうだよね、この前なんか不良をけしかけた訳だし」
「待てよ、おかしいだろ。その理屈で言えば早河こそ狙われるハズじゃん」
そこで全員がリサを見た。その余裕たっぷりの顔を。
「私はそもそもSNSをやってない、だから悪さしようがない。説明終了」
「クソッ。そのパターンかよ」
「大葉君もアプリを消しちゃえば。どうせ活用してないんでしょー?」
「まぁ確かに。ちょっとした連絡に便利だったけどさ、もう諦めるよ」
ゲンゾーの言う通りだ。オレはアカウントを削除しようと起動させたのだが、サメ子の横やりが入った。
「待って。利用できるんじゃないの、コレ」
「利用って何だよ」
「コータロくんはさ、今もバンドが組みたいんだよね? ちゃんと弾ける人を集めて」
「まぁな。全然見つからねぇけど」
「じゃあさ、これから募集をかけようよ。きっと上手くいくから」
「何言ってんだお前」
サメ子はオレの疑問の多くには答えなかった。ただ前のようにスタジオを貸切ろうとして、別に一部屋だけ借りるパターンもあると教えてやったら、驚き半分で予約を取った。
そうしてオレ達は、音楽スタジオまでやってきたのだ。
「んで、これから何させんだよ」
「動画を撮って投稿するの。きっと面白い事になるよ!」
「んなもん撮ってどうすんだ」
「良いから良いから、早くやろうよ!」
こうなれば血の匂いを嗅ぎつけたサメだ。物事が片付くまで終わることは許されない。
オレはとりあえずギターを弾きまくった。それをカメラ外からサメ子達が褒めちぎるという動画を、ゲンゾーがスマホで撮影する手はずだ。何でこんな辱めを受けなきゃならんのか、傷心中だってのに。
「わぁすごいすごい! これは天才ギタリスト間違いなしだね!」
「お見事。その奏法、忍術に活かすのも容易いでゴザルよ」
「上手ね。あなたの可能性は加算無限レベルには存在するかしら」
「うん、ちょっと1回止めるね」
サメ子がアホの子2人を集めて説教し始めた。あまり褒めてる風に聞こえないから、という事らしい。実際、称賛されたオレも首を傾げたくなる言い回しだった。
「さてと、これから取り直しするからお願いね」
マジでリテイクが始まった。だが、中々オッケーが出ない。やれ声援が甘いとかやれ演奏の熱が弱いとか、とにかく口うるさく言う。
そうして出来た動画がこんな感じだ。熱く掻き鳴らされるギターの合間を縫って、様々な言葉が叫ばれる。
「きゃぁあすっごい! こんな演奏見たこと無いわ!」
「これは才気の塊、そう遠くないうちに天下を取るでゴザルよ!」
「素敵ねぇ。何と言うか、そう、素敵だと思うのねぇ」
という風に。リサのテンションだけ異様に低いが、無限がどうのと言うよりはマシとの事で、ようやく撮影は終わりを迎えた。ちなみに部屋のレンタルは延長を重ね、3時間も居座っている形だった。
「みんなお疲れさまー。後は僕が編集して、大葉君に送ればいいんだねぇー?」
「そうだよゲンゾーくん、ガッチガチに凄いヤツよろしくね」
「任せといて、じゃあまた後でねぇー」
ようやく帰宅が許される。こちとら口が痛くなってしまい、晩飯もお味噌汁ばっかり飲むという始末。散々な1日だ。
風呂からあがった頃にはゲンゾーから連絡があった。動画のMP4ファイルまでセットになって。オレは中身を見る気にもなれず、例のSNSに動画だけ投稿し、早めに就寝した。
次の日。早速サメ子に絡まれるオレ。
「ねぇねぇ、昨日の動画は上手くいったね!」
「えっ、そうなのか?」
「まだ見てないの? もう凄い騒ぎだよ!」
「……他人事だと思って」
促されるままにアプリを起動し、少し細めで眺めてみる。すると昨日の投稿動画には、500近くの『ナイネー』ボタンが押されてはいるものの、1万近くの『ヤルネー』ボタンにより
、不評を遥かに覆していた。さらには多くのコメントまで寄せられているじゃないか。
「良かったねぇ、これでコータロくんの演奏が多くの人に知って貰えたよ」
「でも、どうしてこんな事に」
「コータロくんが何か投稿したら、ナイネーボタンやコメントで荒れると思ったから。でもそのおかげで普通の投稿より目立つでしょ」
サメ子が柔らかな声で言う。確かにその言葉の通り、上手く拡散出来たらしく、だいたいが好意的なコメントばかりだった。
――こんなヤベェ奴初めてみた!
――これマジ? 加工じゃなくて?
――すげぇ笑った、今年で1番
そんな盛り上がりを見せるコメント欄の中で、不思議と眼を惹く1文があった。特に目立った装飾は無いのに、なぜか眼が止まったのだ。
――凄いです、ぜひ一緒にスタジオ入りませんか?
それを見た瞬間アプリを閉じた。サメ子の話はまだ続いていたのだが、オレは見知らぬ人からのお誘いに、早くも心を奪われていた。
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