第25話 待望の仲間たちは
土曜の午後。待ち合わせの為に駅前ロータリーへとやって来た。お相手はいつものサメ子やらではない。
「すみません、大葉君ですか?」
声の方に振り向くと、そこにはベースを背負った女の子が立っていた。小柄な背丈、紺ニット帽からこぼれる茶髪のボブカット、膝まである赤いダッフルコート。極めつけはプロフィール写真と似た顔立ち。待ち人に間違いなかった。
「そうですよ。あなたは下平さん?」
「あぁ良かった。来てくれたんですね!」
下平彩陽香(しもひらさやか)は、SNSで声をかけてきた子だ。メッセージを繰り返すうち、彼女が在籍するバンドに顔を出す事になった。他にもメンバーが居るハズなんだが、今は姿が見えない。
「ボーカルとドラムの人は?」
「スタジオ入ってるって。ドラムはセッティングに時間がかかるし」
「あぁ、確かに」
「それじゃあ行きましょうか」
サヤカの後を付いていくと、何やら路地裏を縫うように進んでいった。地元駅なのに初めてやって来た場所には、確かにライブハウス兼スタジオがあった。看板の小ささから、これまで見落としてたんだろう。
「へぇ、こんな所にもあったんだ……」
「あんま有名じゃないけどね、良いとこですよ」
そのまま地下階段を下っていく。壁にはうるさいくらいにライブ情報や、メンバー募集の張り紙が無造作に貼り付けられている。それらを横目にいよいよ気分が高揚してきた。やっとバンドが組めるんだと。
受付はサヤカのおかげでパスした。帰り際に会員証を作れとだけ言われ、そのまま練習部屋へとやってきた。
「みんな、連れてきたよー」
「こんにちわっす」
重たい扉の向こうでは、既に2人がセッティングを終えていた。特に何をするでもなく座ってたらしい。
「へぇ、そいつが噂のギター少年?」
「そうだよ、SNSで誘った子。大葉君っていうんだ」
「大葉です。よろしくお願いします」
「ふぅん。まぁ、弾けりゃ誰でも良いけどね」
ギターボーカルの男はろくに名乗らず、シンイチとだけ教えてくれた。芸名なのか、本名なのかは分からない。それよりも、オレの方には目もくれず、スマホばかりを操作するのには抵抗がある。見た目は妙に良くて、雑誌のモデルみたいだ。その外見も手伝ってか、気安く声をかける気にはなれなかった。
ドラムの男はというと、こっちは無口なタイプらしい。スティックで手遊びをするばかりで、全く口を開こうとはしなかった。名前を尋ねてみてもセージと答えたきりで、やっぱり口をつぐんだ。
やりにくい。肌にひりつく雰囲気からもそう感じた。
「んで、サヤカ。今日は何やんだよ」
「オーディションも近いでしょ、だからその練習をやりたいかな」
「あっそ。そこのギター少年はちゃんと弾けんのか?」
「大葉君だよ。紹介したばかりでしょ」
「んな事は聞いてねぇ。オイお前、ちゃんと覚えてきたのかよ」
歓迎されてない。それどころか、薄らとした敵意まで感じられた。
「まぁ、ボチボチは弾けます」
これくらいの圧迫感は慣れたもんだ。1人だけでも味方が居る分、過去の修羅場よりは気が楽だった。
「ちっ。ホントかよ、嘘くせぇな」
「はいはい、そんな事は実際に演(や)ればハッキリするでしょ」
「……クソ女。ガキの肩ばっか持ちやがって」
やがて、オレ達のセッティングも終わると、ドラムのセージがカウントを取った。そして演奏が始まる。技術的には流石にみんな上手だった。でもなぜか気持ち悪さというか、噛み合わない物が感じられる。どうにも歪で滑らかじゃない。
その違和感は曲のフレーズにも現れていた。どうも不自然でツギハギのような造りをしていて、弾く側からすると寒気までする。オリジナル曲だから作り込みが甘いんだろうか。
――ちょっとくらい、変えても大丈夫だろ。
あらかじめ渡された音源から外れた音を追いかけた。うん、やっぱりこっちの方が収まりが良い。皆も少なからず感じてくれただろう……と思っていたのだが。
「止めろ、止めろ!」
ボーカルのシンイチが合図して、演奏は途切れた。
「お前何やってんの。勝手な事すんじゃねぇよ」
語気を荒げて詰(なじ)られたが、正直なところ全然怖くはない。むしろ『何言ってんだコイツ、頭おかしい』なんて煽り言葉を我慢するのに、そこそこ苦労したくらいだ。
「いや、フレーズが不自然だったんで。変えた方が良いかなって」
「だからそれが悪いって言ってんだろ。お前みたいなガキは知らねぇだろうが、この曲は売れる要素だけで固めてんだよ」
シンイチがふんぞり返りながら『ここは○○の曲にあるパターン』とか講釈垂れるが、マジでクソださい。バカだこいつ。そんな言葉を浮かべてるうち、とうとう口のチャックは耐荷重量をオーバーした。
「そんなん作って楽しいんスか?」
「……なんだと?」
「いや、他所から引っ張ってきた音ばっか弾いてオリジナルだって公言すんの、楽しいッスか?」
「ガキのお前に何が」
「売れるとか売れないとか、そこまで大事? オレは分かんねっす、マジで。頑張って自分だけの音を出して、それが皆に受け入れられた方がずっと良いと思うんすけど」
「売れなきゃ意味ねぇんだよ!」
シンイチの大声にマイクが反応して、ハウリングした。この無駄イケメンはどこまでウザいんだろう。
「オレらはな、これがラストチャンスなんだ。落ちたら就活しなきゃなんねぇ。高校生のお坊っちゃんみてぇに気楽な立場じゃねぇんだよ」
「でも、就職しながらバンドはできますよね。あとはフリーターやりながらって人も多いっすよ」
「口の減らねぇ奴が……。おいサヤカ、お前が連れてきたんだ。責任持って追い出せ!」
鋭い声をつきつけられた小柄な身体は、ビクンと激しく跳ねた。卑怯だ。怯まないオレを見限って別の方を攻めたんだから。
だが新参者のオレが亀裂を作る訳にもいかない。異物はさっさと退散しよう。そんな事を考えていたんだが、事態は別の方向へと動き出した。
「私は大葉君の考えに近いかな。どうせやるなら、自分たちの全力を出したいし、借り物のフレーズで挑戦したくない」
「……クソ女。このバンドはオレのおかげで保ってんだぞ。オレ専属のファンがチケットを買うからライブ代稼げてんだからな」
「それは知ってるし、感謝もしてる。でもそれとこれは……」
「もういい、お前クビ。そこのガキと一緒に出ていけ」
うわ、沸点低すぎ。ちなみにベーシストって演者が少ないから探すのが大変よっていうのは場違いな豆知識な。
「出ていけって言ったろうが!」
シンイチが吠えると、またマイクがハウリングした。そこでもう我慢ができず、腹の底から笑い声が溢れて、口のど真ん中から飛び出した。
「笑ってんじゃねぇ、ブッ殺すぞお前!」
「もういいよ大葉君。行こう?」
オレはどうにかギターを片付けて、サヤカの後を追った。息が上手く吸えずに割と苦しい。
「はぁーーしんどかった。ウッカリ笑っちまったよ」
「大葉君って図太いんだね。あんなタイミングで笑うだなんて。しかも真っ向から意見してるし」
「そんなつもりじゃないけどさ。そういや、スタジオ代払ってない。会員登録も」
「別に良いよ。アイツら親が金持ちだから、お金に困ってないもん」
「良いのかな……そんなんで」
「出てけって言ったのはアイツらでしょ。金払ってけとは言ってないし」
そうして受付で事情を説明した後、すんなり地上へと出た。ビルの隙間に見える狭い青空の下で、サヤカがうんと背伸びする。
「ねぇ、このまま帰るなんて面白くないよね。どこかの公園で音合わせしない?」
「まぁ、別に良いけど……」
「じゃあ決まりね!」
この流れで提案するなんて、アンタも充分図太いよ。そんな言葉は飲み込みつつ公園までやって来た。
並んでベンチに腰掛け、他愛もないフレーズを重ねていく。真冬の屋外で指がかじかむのは、自販機のコンポタ缶で和らげた。
何だか変な展開だ。それでも悪い気がしてこないから不思議だった。
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