第22話 お前がなにを

 車が停車したのは有名な神社だった。県内でも指折りに認知度が高く、ご利益もあるとかで評判が良い。だから元旦なんかスゴイ騒ぎになるわけで。


「おい……この列を並ぶのかよ」


 ズラァっと並ぶ行列は果てしない。最後尾からは鳥居すら拝めない程の長さで、いつかの曲がり角を越えた先にようやく境内、という感じだった。


「どうしよう。電話でお願いして、こっそり裏道から入っちゃおうか?」


「それはダメだろ。年明け早々、罪悪感に悩まされたくない」


「マジメだなぁコータロくんは」


 道の左右からは香ばしい臭いが漂ってくる。参拝客を見込んだ露店が、稼ぎ時とばかりに声を出した。


「とうもろこし、じゃがバター、お好み焼き。何か買ってこようか?」


「別にいらねぇ。おせち食ったばかりだし」


「こうしてボンヤリ待ってるとさぁ、ついつい匂いに誘われちゃうよね」


「腹減ってたらな」


 その時だ。列の後ろが騒がしくなる。


「退け、道を空けろ! 蔵物(ぞうぶつ)様のお通りだ!」


 なんだろう、横入りか何かか。振り向いてみると、そこには黒服を着た男たち、その背後には対象的なほどにきらびやかな男が居た。


 そいつらは神社に用があるかと思ったが、違うらしい。オレ達の前までやって来ると、そこで足を止めた。


「やはりここに居たのですね、丘上佐江子さん」


 そう告げた男は身なりがうるさかった。紺を基調とした袴(はかま)には、銀色に輝く刺繍がこれでもかと施されていて、身を屈めるだけでキラリと光った。


 だがそれよりも気になるのは表情だ。笑ってはいるけど、どこか歪んだ口許が寒気を感じさせた。純粋な笑顔じゃない。そんな印象を強く受けた。


「すみません。どこかでお会いしましたか?」


 サメ子はフルネームを呼ばれたのに、覚えがないようだ。それはそこそこのダメージを相手に与えたらしい。


「ふふ、そうきますか……。私は蔵物マスオ。先月、お父上のパーティでご一緒させていただきました」


「そうでした……ね?」


「思い出していただけましたか」


「ええ、はい。たぶん」


 マスオと名乗る男は顔を青ざめさせたが、それもほんの一瞬。次の瞬間には、長い髪を大げさにかき上げて強気の表情を見せた。


「貴女のお話は聞きました。誘拐を恐れるあまりに、そのつまらない面を被っているのだと」


「つまらない……?」


「ええそうです。貴女の素顔は誰よりも気高く、そして美しい。暴漢どもの眼から隠れるためとは言え、貴女の美を消し去ってしまうなど。実に嘆かわしい事です」


 マスオが指を鳴らした。すると、どこからともなく黒服連中が現れ、オレ達の周囲を囲んでしまった。ざっとみて50人くらいは居るだろうか。


「どうですか。私はこれだけの人間を手足のように操ることが出来ます。その気になれば200人、いや、300人だって想いのままなのです」


 それが何だって言うんだ。このいけ好かない男に、オレは小さくない苛立ちを覚えた。


「佐江子さん、私と共に歩みましょう。貴女の安全は必ず保証します。今こそ、そのおぞましい面を脱ぎ去る時が来たのですよ!」


 芝居がかった仕草。その振る舞いが限界点だ。オレは口が感情のままに開くのを止められなかった。


「お前、サメ子の何を知ってギャアギャア騒いでんだよ」


「なんだ貴様は。目障りな、私は佐江子さんと話している。サッサと消えろ」


「テメェこそ消えやがれ。こいつがどんだけサメを愛してるか、拠り所にしてるか知ってんのかよ!」


 このマスオとかいうやつ、敵だ。オレ達のような、世間から理解されない道を進む人間にとっては相容れない存在だ。


「口をつつしみたまえ。私の父は蔵物財団の総帥なのだぞ。本来であれば、庶民でしかない貴様を葬り去るなど訳ない……」


「ハッ。言葉に困ったらそれか、家だ親父だと持ち出すのか。つまんねぇ、お前の人生と一緒だな」


「な、何だとぉ!?」


 致命の一撃を決めたのは『お前の人生』シリーズ。この台詞は罵り言葉としては絶大な威力を持つ。何せ相手の事なんか一切知らなくても、ただ付け足すだけで勝手にダメージを受けてくれるのだから、超便利な一言だ。


 デメリットとしては、効果が絶大すぎるという点だろう。


「言わせておけば……学生の分際で!」


「正論に歳が関係あるかよ。お前、上っ面だけで生きてるだろ」


「ガキめ……このガキめが……!」


 マスオはろくな反論もせず、顔をみるみるうちに赤く染めていった。だったらトドメを食らえ。


「そんなだから人が好きな物を理解できねぇんだよ。学ラン買い直して中坊からやり直せ!」


 響いた。今のは真冬の街に充分なほど響き渡った。やまびこ程ではない残響音が、辺りに長々と居座るくらいには。


 気づけば、往来のざわめきや露店の掛け声も、全てが鳴りを潜めていた。それは嵐の前の静けさかもしれない。


「お前たち、このガキを痛めつけてやれ! 遠慮は要らん。後なら父上が揉み消してくれる!」


 マスオの号令で黒服連中が動き出した。ちょっと調子にノリすぎたか。


「どうするのコータロくん!」


「こうなったら警察しかねぇわな」


 サメ子が身を寄せてきたが、残念ながらプランは皆無。110番にでも電話しようとスマホに触れたその時、不意に空から大声が降り注いできた。


「無道なる権力者よ。見るに堪えぬ悪行三昧、世間が許しても拙者が許さぬでゴザル!」


 2階の屋根だ。瓦屋根でニーナが、こちらを見下ろすように仁王立ちをしている。心強い奴が来たような、そうでも無いような気にさせられた。


「ゆくぞ悪党ども。そこで待て!」


 ニーナはそう叫ぶと、雨樋(あまどい)を伝って安全に地上へと降りた。そして、周囲を囲む黒服の壁は、四つん這いになる事で通過。そうやって現れたニーナは、やっぱり頼り無かった。


「大葉殿、よくぞ申されたな。先程の演説はスカッとしたでゴザル」


「そっから聞いてたのかよ……」


 幸いにも黒服連中は二の足を踏んで動けずにいる。ペースはこっちが握ってるんだが、またどのタイミングで牙を剥くかは不明だ。


「そんな事より窮地でゴザルな、何か妙案でも?」


「あるわきゃねぇわ」


「ならば拙者が代わり申す。血がドバドバ流れる方と、そうじゃない方、2択でゴザルが」


「そりゃ血の出ねぇ方に決まってんだろ」


「心得た、眼をつぶるでゴザルよ!」


 そう告げると共に、ニーナは懐に手を突っ込んでビー玉らしき物を取り出した。


「忍法、閃光隠れの術!」


 次の瞬間、辺りはとんでもない眩しさに包まれた。とっさに目を瞑ると、オレの手に誰かが触れ、誘導しようとした。きっとニーナだろう。空いた方の手はサメ子の指先をつまみ、誘われるがままに歩いた。


「ここまでやって来れば安心でござろう」


 目を開けると、そこは路地裏だった。露店が通りの方を遮っているので、簡単には見つからないだろう。


「助かったぞ不忍。ところで、さっきの玉は何なんだ?」


「ほう、忍具の秘密を望まれるか? されば我が流派に入門してもらう事になるが」


「いや、だったらいいよ」


「つれない御仁でゴザルな」


 そんな会話を重ねるうち、左手に強い力を感じた。サメ子だ。まだ手をつないだままになっている。


 抜け出そうと腕を引いたんだが、サメ子は離そうとしなかった。


「おい。もう良いだろ」


「もうちょっとだけ、このままでいいかな?」


「何でだよ。つなぐ意味ねぇだろ」


「うぅん、ちょっと眼がチカチカしちゃってぇ。サメの眼はデリケートなんだぁ」


「こんな時ばっか都合よくサメになんなよ」


 ここでニーナが大きな声を響かせた。


「諦めるでゴザル。女人の前であれほどのタンカを切ったのだから、好意を寄せられても当然でゴザル。いやはや、まことアッパレかな!」


「おい、声がでけぇよ!」


 次の瞬間、黒服に見つけられてしまった。もう一度逃走するために、ニーナは白煙の術まで出すことを余儀なくされた。


 逃走に次ぐ逃走。一応は逃げ延びたのだが、初詣なんか出来ず終い。いったい何しに来たんだか。


 


 

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