第21話 新年のごあいさつ

 テレビが特番で埋まっていると年明けだと感じる。我が家が観るのはもっぱら駅伝で、それは母さんの趣味だ。オレは別に興味も湧かず、テーブルでスマホを眺めるばかりになる。


「おっし行け行け! ここで抜いといたら楽になるよ!」


 画面越しに声援なんて意味無いのに、毎年のように繰り返すんだから。もはやツッコむ気すら失せていた。


 手持ち無沙汰で、無料占いとか覗いてみた。どうやらオレは今年、すごく運が良いらしい。追い風に次ぐ追い風で、素晴らしい1年になると。どこがだよと思う。今は追い風どころか、むしろ逆風が吹き荒れている状況だった。


「なぁ、親父は?」


 手つかずのおせちを前に腹がグゥと鳴った。


「まだ寝てるみたいね。昨晩も遅かったし」


「先に食っちまおうよ。どうせ昼まで起きてこないだろ」


「じゃあ、もう少ししたらね」


 母さんはテレビの前から一歩も動こうとはしなかった。終いには「殴れ、転ばせちまえ」なんてヤジまで飛び出す始末。こんな問題発言も、元旦は毎年恒例だった。


 パンでも食おうかな。そんな気分になったころに天井が少し軋んだ。ミシリ、ミシリと一定感覚で鳴る音は、空耳とか家鳴りの類いじゃない。やっとかと思う。


 やがてリビングのドアが開く。覗かせた顔は、見るに堪えない表情をしていた。


「明けましておめでとう」


 声をかけたが返事はない。親父は糸の切れた風船のように、フラフラと足を彷徨わせたかと思えば、今度は椅子にドッカリと重力そのままに腰を降ろした。


「はぁ……動画投稿で食っていきたい」


「開口一番がそれかよ」


 これがうちの大黒柱だと思うと、ジンワリとした不安が押し寄せてくる。


「よく聞きなさい、航太郎。社会に出る前に、秀でた一芸を身につけるんだぞ」


「急に何言い出すんだよ」


「唯一無二の存在になりなさい。さもないと、父さんみたいになっちゃうぞ」


「それだけは絶対に嫌だ」


「あぁ……なんて切れ味の返答。母さん譲りだなぁ」


 そんな話をしているうち、母さんは雑煮を出してくれた。2個入りの餅。お重も解禁され、いっそう正月らしくなってくる。


「それでは、今年もよろしくお願いします」


 頭を下げるなり、すぐに食べ始めた。黒豆、カマボコ、栗きんとんだなんて物には目もくれない。最初の1品は朝から決めていた。


「コータロー。あんたってホント伊達巻が好きよねぇ」


「だって美味いじゃん。でも去年と違うヤツだ」


「食っただけで分かるとか、正直おっかないわね」


 親父はちょっとだけ料理を食べると、人差し指を挙げてクイクイと曲げた。


「母さん、ビールを貰えるかな」


「ダメだって。今日はお昼から初売りに行くんだから。車だしてよね」


「うん、じゃあ、我慢するよ……」


 なんか哀れだ。ひっさびさの休みなのに、ビールも好きに飲めないとか。親父はかなり堪えたらしく、田作りをチマチマとかじり出した。もう見てられん。


「ビールくらい飲ませてやんなよ」


「何よコータロー。じゃあパパが車出さない分、アンタがお手伝いしてくれんの?」


「……そう来るか。わかったよ、手伝うから」


「良いのか、航太郎……!」


「そーいう事だから好きなだけ飲めよ」


「オレの息子はぁ! 心根の優しい男に育ったぞぉーー!」


「うっせぇな、とっとと缶ビールと戯れてろ!」


 何やってんだろ、年明け早々。元旦からこんな目に遭ってんだから、今年の運勢には期待が持てないな。所詮は占い。当てになるもんか。


 そんな時、不意にスマホが鳴った。アプリ経由で届いたメッセージはサメ子からだった。立て続けに送られてくる画像は騒がしく、音もないのに五月蝿く感じた。


――明けましておめでとう! 良かったら一緒に初詣行こうよ!


 サメ子は大晦日に旅行先から帰ってたらしい。その翌朝には初詣か。光の速さで生きてそう。


 だが残念な事に、母さんの付添いをしなくてはならない。事情を説明し、珍しく丁重に断っといた。さすがのサメ子も遠慮するだろうと思ったんだが。


――車なら貸してあげるよ、運転手付きで。そしたら解決だよね。


 また異次元な事を言いやがる。流石にお金持ちとはいえ、おいそれと車を出したりはしないだろうよと思った。


 だから完全に油断していた。サメへの警戒心を解いてしまったんだ。


――着いたよ。インターフォン鳴らした方が良い?


 更にメッセージが届いた。いやまさか。半信半疑で玄関を開けると、そこはエライ事になっていた。


 閑静な住宅街に、黒塗りの車が何台も連なっていたのだ。その真ん中の車両からサメが尾ビレを出しては大声をあげた。


「おっはよー。明けましておめでとうー!」


「おいサメ子。こりゃ一体何の騒ぎだ!」


「何って、車を用意したんじゃない」


「こえーよ多すぎだよ、何台持ってきた?」


「私達が乗るやつと、その護衛が2台でしょ。それからおば様に貸すのが1台」


「……茶菓子感覚で4台も」


 振り向けば母さんが腰を抜かしていた。そりゃそうだ。まるで国家元首でも遊びに来た感じになってんだから。


「おば様。新年おめでとうございます。今年もどうぞよしなに」


「あっ、サメのお嬢さん。これは何事なの?」


「はい。差し出がましいようですが、家の者を連れてまいりました。今日1日、お力添えをさせていただければと思いまして」


「く、黒塗りの高級車……!」


 母さんが完全に気圧されている。割と豪快な気質なんだが。


「そこでご相談です。航太郎さんと初詣をご一緒したいのですが」 


「えっ、ええもちろん。ウチの息子なんかで良ければ」


「ではそのように」


 オレはサメ子に連れられ、半ば強引に車に乗せられた。3台の物々しい車列が、穏やかな住宅街を切り裂くように駆け抜けていく。


 さて、確かに母さんの付添いは回避できた。だがその代わり、サメ子に拐われてしまった。これのどこが良い運勢なのか、追い風はいつ吹くんだろうか。


 車窓から見えるのは冬特有の透明な空。そこをジッと睨みつけては、やり場のない怒りを浮かべていた。


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