第20話 サンタ実は魚人説

 間もなく日付を越えて24日になろうという頃。オレ達はとある一軒屋を物陰から見ていた。


「灯りが消えて1時間。そろそろ寝静まってるかな」


「おいサメ子。本当にやるのか?」


 今のオレたち、どう考えても一般人にはほど遠い。黒っぽい服装で民家を凝視する姿なんか、通報されても文句は言えないだろう。


「当たり前でしょ。その為にプレゼントを用意したんだから」


「サッカーボールか。確か、弟君が欲しがってたヤツだよな」


「フッフッフ。甘いよコータロくん。ここ見てごらん」


「ここって何だよ……うん?」


 街灯に辛うじて照らされたのは、何かミミズのような汚れだった。


「もしかして中古品なのか?」


「違うってば、コレはサインだよ。しかも元・日本代表の!」


「えっ、マジで!?」


 その名前を聞いてみれば有名も有名。サッカー少年だったら泣いて喜びそうなストライカーだった。


「すげぇな、どうしたらそんなサイン貰えるんだよ……」


「家の人に八方手を尽くしてもらってね、そしたら凄い選手に行き当たっちゃった」


「おっかねぇな、金持ちのコネクションは」


「その話は置いといて。早くお邪魔しようよ。今夜を逃したら私は旅行に行っちゃうし」


 強行軍の原因がそれだ。明日の昼には出かけるからという雑な理由で、大した準備もなく侵入することになった。


「それよりもさ、どうやって家の中に入る気だよ」


「もちろんエントツを通って……」


「うん。有るわきゃねーわな。モロ日本家屋だからな」


「ええっと、どこか手頃な窓は空いてないかな……」


「本格的に泥棒っぽくなってんじゃねぇか」


 壁に身を寄せながら進んでいく。前を行くサメ子は、さすがに被り物も暗い配色で、それはアイザメという種類だとかはどーでも良い。


「やったよ、ここ空いてる。ツイてるね」


 内心、鍵掛けとけよと舌打ちした。これで本格的に侵入せざるを得なくなる。


 カラ、カラカラと慎重に開けていくと、そこはリビングのようだ。6畳くらいの部屋はミニテレビと座椅子が並べられ、壁には地方の土産物が飾られているのが、暗がりでも把握できた。


「じゃあ靴を脱いでっと。お邪魔しまーす」


「あちこち触るなよ。万がいち大事になった時、指紋が残ってると厄介だからな」


「このタペストリー! もしかして西日本サメカーニバルのやつじゃ……」


「だから触んなっつの!」


 サメ子の好奇心を力づくで抑えつつ、一歩一歩前に進んでいった。


「あのさぁ。オレ、ふと思ったんだけど」


「なぁに。こんな時に」


「そもそも忍び込む必要無かったんじゃねぇの。昼間にお邪魔して手渡すんじゃダメかよ」


「えっ……」


 おいまさか。


「その選択肢が頭に無かったのか!?」


「ごめんごめん。でもホラ、サンタっぽく渡した方がドラマチックでしょ?」


「んな事の為に危ない橋を渡ってられっか!」


「だって子供の夢を守りたいじゃない。普通のギフトじゃ意味ないもん」


「その夢を守る為にオレ達の未来が窮地だよこのヤロー!」


 うかつだ、つい大声を出してしまった。突き当りの引き戸がガラリと開いてしまう。


「兄ちゃん、うるさいよぉ……」


 逃げるヒマは無い。その場で凍りついたオレ達と少年の視線が重なった。


「うわぁーー!」


「やべぇ見つかった!」


「母ちゃん、兄ちゃん、サメのお化けだ! 妖怪が出たぁーー!」


「サメ子、プレゼントはそこに置け。早く逃げんぞ!」


「で、でもサンタ……」


「仕切り直しなんかできねぇよ、急げ!」


 オレは逃げた。サメ子の腕を握りしめて、力の限り走り続けた。やがて落ち着いたころ、ようやく後ろを振り向く余裕が生まれてくる。


「追っては、来てないな……」


「どうしよう。もしかして通報されちゃう?」


「……ゲンゾーにはオレからメッセ送っておく。それで誤解が解けるかもしれない」


 アプリ経由で事情を説明すると、すぐに着信が入った。彼ら一家は幸いにも怒っていなかったし、通報もせずにいてくれた。サメの妖怪って言葉で何か察したらしい。


 とりあえず揃って平謝りだ。深夜に騒がしくして、しかも不法侵入してゴメンと。その謝罪も彼は朗らかに受け取り、「今度は昼間においでよ」なんてイケメン回答をするほどだった。


 その言葉にどれだけ安心させられたか。オレはコッソリ帰宅した後も、枕を高くして眠れた。


 翌日。オレは何となく気になってチャリを漕いだ。向かうのはゲンゾーの家で、20分もすると辿り着いた。


「いち、にぃ、さん……ダメだ」


 庭で遊んでいるのは小学生くらいの男の子だ。そのボールには、あのサインが描かれている。


「……だぁれ?」


 少年がボールを抱きかかえてオレを見た。


「ごめんな、脅かすつもりは無かったんだ。君のお兄さんはゲンゾーって名前かな?」


「うん、うちの兄ちゃん」


「そっか。今は家にいるの?」


「お仕事に行っちゃった。母ちゃんもだよ」


 少年は話ながらも手元をチラチラと見た。早く遊びたいのかもしれない。


「良いボールだね。買ってもらったのかな?」


「違うよ。これは昨日の夜、サンタさんに貰ったんだ」


「へぇ、そうなんだ」


「ねぇ聞いてよ。サンタさんってね、実は魚なんだよ! サメの頭をしてたんだ!」


「うん、うん……?」


「ゲンゾー兄ちゃんがね、ボクの友達にはナイショにしてろって言うんだよ。でも、兄ちゃんの友達なら教えても良いよね!」


「ふぅん、そっか。そうだったんだぁ……」


 オレは不意に見上げてしまった。晴れ渡る冬空は透き通っていて、世界の端まで見通せそうだ。そちらを眺めては強く想う。


 サンタさんすいません。極東の片隅で、ちょっとした誤解を生んでしまいました、と。

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