第6話 藤野の発明品、そしてメイスンの再戦

 時雨とメイスンは神崎と別れ、車に乗り込んで現場を離脱した。

 戦いの結果は、時雨たちの完敗であった。あの柿の木は未だに健在であるし、黒幕と思しき藤野なる研究員の身柄も拘束できていない。予想外の切り札――ブルースと呼ばれていたあのカキノワグマである――をどうするか、という答えはまだ出せていない。


 柿によるマラソン大会の襲撃は、凄まじい被害を出した。さらなる柿の襲撃を恐れるあまり、事件現場からの遺体の運び込みすらままならない有様である。住民は外を出歩けなくなり、地域住民の日常生活は完全に奪われてしまったといってよい。

 

「刑事さん、また色々分かったぞ」

「ほう」


 神崎は、特殊生物対策課の電話に直接かけてきていた。それを取った時雨が、彼女と通話をしていた。

 

「戦ってる最中に調べたんだがな……お陰で色々分かった。あの柿の木の周りだけ酸素濃度が異様に高い。恐らく光合成を物凄い勢いで行っているんだろう。それと、あの木の周りだけ雑草が全然生えてなかったろ。バケモンの果実を実らせるために土壌中の養分を相当吸い上げてるみたいだ」

「なるほど……」

「それから、これはあいつ……汐里の研究にも関わることなんだが……カキノワグマと柿の木のどちらにも、あいつの研究室の発明品が使われている」

「発明品?」

「あいつの研究室は生物を蘇生させる薬品を開発したんだ。だがその薬品は同時に投薬された生物を攻撃的にさせることも分かった。その後……色々あってあいつは研究所を去ることになった。あの薬品を持ち逃げしてな」

「とんでもない発明品だな。メイスンが聞いたら映画みたいとか言い出しそうだ」

「最初にメイスンから柿の話を聞いた時に薄々気づいてたんだがな……やっぱり汐里が黒幕だった」


 はぁ、と、神崎はため息を一つついた。


「メイスンとも話し合ってみる。まだ傷は癒えてないから現場に突入は無理そうだがな……」

「わかった、刑事さん」


 そうして、二人の通話は終わった。


 時雨は暫く、心ここに在らずといった風に虚空を見つめていた。色々なことがありすぎて、混乱を来した脳が休息を欲しているのだ。

 まどろみかけた時雨は、ドアの開く音で覚醒させられた。


「時雨サン、完成しました」


 メイスンが持ってきたのは、一機のドローンであった。


「火炎放射ドローンです。ゾンビ化した細胞を細胞ごと焼却してしまえば倒せると神崎サンに教わりました」

「確かにそれはいいな。上空からならクマも攻撃できないだろうし」


 戦場において、航空攻撃というものは非常に強力である。分厚い装甲に強力な主砲を持つ戦車も、攻撃ヘリには一方的に撃破されてしまうのだから。


「時間がなくて用意できたのは二機だけですが……」

「それでいい、俺が行こう」

「いや、ワタシも行きます」

「おいおい、その怪我大丈夫じゃないだろ」


 クマの攻撃を受けたメイスンの左肩には、白い包帯が巻かれている。どう見ても万全の状態ではないだろう。そのことを慮れないほど、時雨は酷薄ではない。


「ドローンの操縦ならこの体でもできます。それに……時雨サンには別のことをお願いしたいのですが……」

「別のこと、か……」


***


 メイスンは、ビルの屋上に上がり、そこに陣取った。彼の足元には、作戦のために用意した二つのドローンが置かれている。

 ビルの東側には、あの空き家と柿の木が見下ろせる。この日は西から穏やかな穏やかな風が吹いており、それがメイスンの長い金髪を撫でている。この風向きを考慮に入れて、柿の西側にあるビルを選んだのである。

 メイスンは、あの黒幕について考えていた。例の女は、自分の師である神崎と何やら縁のある人物らしい。気にはなるけれども、何となく自分が踏み込んでいい問題には思えないような気がして、本人の口からは聞き出せなかった。

 だが、例の黒幕がどんな訳ありであろうとも、今自分のなすべきことは一つである。柿の木を処分し、柿騒動を収めること……ただこれだけである。


「さぁ、始めましょう」


 メイスンは一機のドローンを持ち上げた。左肩は未だに痛むが、全く動かせないというほどの怪我ではない。

 ドローンは徐々に高度を落としながら、例の柿の木を目指して飛んでいった。

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