第3話 警視庁特殊生物対策課

 阿太刀あだち区の高架下で、三人の遺体が発見された。三人はいずれも区内の定時制高校に通う十九歳の男子生徒であったが、奇妙なことに、体のあちこちに獣にかじられたような痕があった。当初は熊による被害と推測されたが、鑑定の結果、この噛み痕は在来の動物のどれにも合致することはなかった。

 そして、さらに奇妙なものが発見された。遺体の噛み痕に、柿の細胞壁が付着していたのである。これには流石に、科捜研の鑑定結果を受けた捜査班も首を捻らざるをえなかったようだ。


「それで、俺たちの出番ってわけか」


 警視庁特殊生物対策課のオフィス。そのデスクで、有島時雨ありしましぐれ刑事は緑茶を飲みながら呟いた。


「ええ、ワタシたちの領分、という気がしますねぇ……」


 時雨の背後で窓際に立っている中折れ帽に燕尾服姿の青年は、特殊生物対策課の嘱託職員であるメイスン・タグチである。腰まで伸びた長い金髪が、窓から差す日差しに当てられて光り輝いている。


「これは間違いなく殺人キラー柿の仕業です」

「またトンチキな……」


 やれやれ、といった風に、時雨は茶をあおった。

 警視庁特殊生物対策課は、一年前の「殺人ダイコン事件」を皮切りに頻発して起こるようになった特殊生物事件に対する捜査を目的として設置された部署である。課長の有島時雨と嘱託職員のメイスン・タグチを基本ユニットとして、タッグで捜査に当たってきた。

 二人はこれまで、様々な敵と戦ってきた。殺人ダイコンやサメ、新種の殺人怪魚など、まるでパニック映画のような事件を次々と解決してきたのであった。


「まぁ何はともあれ、現場に行ってみましょう」

「その通りだな」


 そうして、時雨の運転する車で、二人は現場となった高架下へと急行した。

 この日もまた、連日の通り良い秋晴れであった。しかしながら朝方に小雨が降っていたこともあって、漂う空気は少し湿り気を帯びている。


「そういえばここ、明日のマラソン大会のスタート地点に近いんだよな。いやな予感がバリバリするぞ……」

「ええ、その手の映画では絶対に大会を敵が襲撃してきます」

「またB級パニック映画のネタかよ……」


 現場は、何の変哲もない高架下であった。ススキやセンダングサ、セイタカアワダチソウなどが無節操にぼうぼうと茂っている様は、如何にも秋の空地の風景といった感がある。

 現場の近くでは、大手新聞社が主催するマラソン大会が開催される予定となっている。今日は前日準備をしている頃合いであろう。


「おお、早速手掛かりを発見しました」


 メイスンが指差したその先には、黒い瓦の一軒家があった。一軒家とはいっても、人が住んでいる気配はない。庭は背の高い雑草に覆われており、窓ガラスは割れてしまっている。

 ……実は時雨は、あの家について情報を掴んでいた。あの家には元々研究者の娘とその母が二人で暮らしていたが、娘は生物兵器の研究に関わったとマスコミの大バッシングを受けて職を辞し、二か月前に謎の失踪を遂げていた。母もその三週間後に肺炎をこじらせて亡くなっている。だから、あの家は本当に無人なのだ。あの家にまつわる陰鬱な事情が、時雨の胸をざわめかせた。


「あの家か……」

「家の方ではありません。木ですよ。柿の木が見えませんか?」


 メイスンが指差した先には、一本の木があった。その木には、オレンジに熟した果実がっている。柿の実だ。


「柿の木か、あれ」

「ええ、あの柿、ニオイますね……」


 そう言って、メイスンは朽ちた一軒家に近づいていった。敷地内に足を踏み入れる、まさにその時であった。


 木に生っている柿の実が一つ、メイスン目掛けて飛んできたのだ。


「はッッ!」


 メイスンの裏拳が、柿に炸裂する。一撃の元に、柿の実は果肉をまき散らして砕け散った。


「対サメ戦闘競技全米大会優勝者のワタシが柿になど後れを取るわけが……」

「おいメイスン、まずいぞ」


 木に生っている柿の実、その全てが、白い牙をむき出しにしていた。明らかに普通の柿ではない。怪物と言って差し支えないそれらは、二人に向かって一斉に飛びかかってきた。

 時雨は拳銃を抜こうとしたが、その隙はなかった。何とか肘打ちで柿を弾き飛ばしたものの、敵はまだ多い。次々と襲いくる柿の実を拳で打ち返していったが、これでは埒が明かない。


「メイスン! 何かないのか!?」

「ワタシが無策で踏み込むはずはありません」


 メイスンは、懐から小さな筒のようなものを取り出した。それを地面に投げつけると、筒が割れ、灰色の煙が噴出した。煙はあっという間に広がり、二人の姿を包み隠してしまう。


「急いで! 早く!」

「お、おう!」


 メイスンと時雨は、そのまま後方に全力疾走した。車をそれほど遠くない場所に停めてあったのは幸いであった。時雨がキーを取り出して開けると、二人は急いで車に飛び込んでドアを閉めた。


***


「時雨サン、これを見てください」


 署に戻った後、廊下でメイスンはリュックサックを下ろし、カブトムシやらクワガタやらを飼うようなプラスチックケースを取り出して時雨に見せた。


「うわっ! 何てモンを持ってきてるんだ!」


 ケースに入っていたのは、牙が生えた一つの柿の実であった。


「あの時ドサクサに紛れて持ってきました。ああ、今はもう大丈夫ですよ。麻酔薬を注入してありますから」


 よく見ると、確かに柿の実は微動だにしていない。よくもあの騒乱の中から持ってこられたものだ、と、時雨は感心せざるを得なかった。


「これからある人物に鑑定してもらう予定です。そろそろお見えになると思うのですが……」

「ああ、話は聞かせてもらったさ」


 メイスンの背後から、突如女の声が聞こえた。


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